政治を斬る!

英国BBCが報じた「ジャニー喜多川氏の少年に対する性的虐待疑惑」と「ジャニーズと日本メディアの歪んだ関係」〜私も取材協力しました

英国BBCが3月7日、ジャニーズ事務所を創業したジャニー喜多川氏(2019年死去、享年87)が事務所所属の少年たちに性的虐待を加えていた疑惑に迫る『Predator:The Secret Scandal of J‐Pop(プレデター~Jポップの秘密のスキャンダル)』を放送した。午後9時のゴールデンタイムから約1時間の特集番組である。

少年たちへの性的虐待疑惑そのものに加え、この疑惑を週刊文春が報道し、裁判所も事実を認定しながら、なぜ日本のテレビや新聞は黙殺してきたのかというジャーナリズム論が、BBC特集番組のメインテーマの一つであった。

BBC取材班は昨年夏に来日し、半年以上をかけて取材・編集を続け、特集番組をつくりあげた。3月下旬にBBCワールドニュースでも放送され、日本からも視聴可能のようだ。

実は私もこのBBC特集番組に取材協力した。ロンドンのBBC取材班からいきなりSAMEJIMA TIMEのお問い合わせ欄に「ジャニーズ問題を取材しているのだが、日本メディアの実情について話をうかがいたい」という打診が舞い込んだのである。

私は芸能担当記者ではないし、ジャニーズを取材したこともない。その私をわざわざ訪ねてくる取材班の問題意識は「なぜ日本メディアはジャニーズ問題を報道してこなかったのか」だった。

彼らは私の古巣の朝日新聞や公共放送のNHKがこの問題を黙殺してきたことに疑問を募らせてきた。拙著『朝日新聞政治部』で巨大新聞社の内幕を赤裸々に描いた私から「日本の報道現場の実態」を聞き出そうとしたわけである。

本筋のジャニーズ関連取材にとどまらず、日本メディアの全体状況を把握したうえで「ジャニーズと日本マスコミ」というテーマに切り込みたいという彼らの本気度が伝わってきたので快諾した。

番組進行役のモビーン記者や監督のインマンさんらは昨年夏に来日し、私は自宅で二度にわたって取材を受けた。日本メディアの内実をバックグラウンドとして伝えるとともに、この問題をめぐる取材の具体的な進め方などについても助言した。少しはお役に立てたのではないかと思っている。

日本のテレビや新聞はなぜジャニー喜多川氏の疑惑を報じてこなかったのか。私が伝えたのは以下の2点である。

ひとつは経営的な問題だ。ジャニーズのタレントたちは視聴率が取れ、スポンサーにも影響力がある。できるだけ摩擦を回避したいという経営陣の思惑は否定できない。

もうひとつは取材現場の問題だ。日本のテレビ局や新聞社の記者たちは終身雇用制のもとでジャーナリストというよりもサラリーマンの意識が強い。成果主義よりも減点主義が罷り通っている。

サラリーマン記者たちはリスクをとってスクープを放つことよりも上司の意向を忖度しながら日々の業務をそつなくこなして出世することを第一の目標としている。視聴者や読者の関心よりも上司の顔色をうかがうのだ。彼らにとって最も大切なのはトラブルを引き起こさないことであり、取材先である政府やスポンサー企業からクレームを受けないことを何よりも優先するのである。

もうひとつの見逃せない弊害として「縦割り」がある。朝日新聞の場合、記者は2000人もいるが、政治部、経済部、社会部、文化部、スポーツ部、国際報道部、地域報道部、科学部…というように、担当が細かく割れている。さらにそれぞれの部内でも他の記者の領域は荒らさないのが鉄則だ。

政治部では官邸、自民党、野党、外務省などに担当が細かく分かれているし、自民党の中でも幹事長や政調会長など有力幹部ごとに番記者がつき、他の記者が取材することは原則として許されていない。

同様に、芸能分野でもジャニーズ担当以外がジャニーズのことを取材・執筆するのはほぼ不可能だ。ジャニーズにすれば、各社ひとりの「番記者」さえ手懐ければ批判報道を封じることができるのである。

これらはすべて記者がひとりのジャーナリストである前にサラリーマン(会社員)であることに原因がある。欧米ではジャーナリストが所属機関を転々とするのは日常風景だ。組織よりも個人としてジャーナリスト活動をしていれば、組織の論理に縛られることはない。上司がスクープの出稿に反対すれば、会社を飛び出して別の会社に移り、そのスクープを放てば良い。

しかし日本のテレビ新聞は終身雇用が原則で、雇用の流動性が極めて低い。所属機関から記事を出稿できなければそのままお蔵入りというのが現実である。

私は27年間、朝日新聞で新聞記者をしてきたが、ジャーナリズムは原則として個人が自立しなければその役割を果たせないと確信するに至った。大掛かりな調査報道は資金面やマンパワーの観点から組織ジャーナリズムでなければ継続困難な場合があるものの、やはりジャーナリストが会社員として身分を保証され安全地帯から取材活動を続けていること自体に大いなる欺瞞があると思う。

英国BBCの特集番組を受けて、オーストラリア放送協会(豪州の公共放送、NHKのような放送局)もジャニーズ問題を報道した。私は今度はオンラインで取材を受けた。記者の問題意識はBBC取材班とほぼ同じだったが、新たな視点として提起されたのは「BBCが放送したことで日本のマスコミは変わるのか」ということだった。

日本マスコミ界の自己改革は遅々として進んでいないが、その一方で日本社会は外圧に弱い特徴がある。 BBCやオーストラリア放送協会の報道を機に、トラブルやクレームを恐れて重大な社会問題を黙殺する体質からの脱却が進むことを強く願っているーーという趣旨のコメントをした。

ひとりのジャーナリストとしての立場よりもサラリーマンとして組織への忠誠を優先する日本のテレビ・新聞の記者たちが「本物のジャーナリズム」を実行することは極めて困難である。

記者たちを旧態依然たる会社組織から解放してジャーナリズムを生き生きさせるには、様々な既得権を保持して記者たちを縛るテレビ局・新聞社の支配体制が崩壊し、記者が次々に独立して自由にジャーナリズム活動を展開できる環境をつくらなければならない。

そのためには政府広告や大企業広告に依存するテレビ局・新聞社から、ひとりひとりの読者や視聴者に支えられた新しいメディアへ、ジャーナリズムの主役が移っていくことが何よりも重要であろう。

私が朝日新聞社から独立して小さなメディア『SAMEJIMA TIMES』を立ち上げたのはそのような理念に基づくものだ。後に続く記者が続々と現れるためにも「成功モデル」をつくらなければならないと強く思っている。

組織よりも個人、政府やスポンサー企業よりもひとりひとりの読者や視聴者を優先する小さなメディアを育む文化がこの国に根付くことを願っている。

BBCの取材を自宅で受けた際、私もBBC取材班を率いるインマンさんに「BBCで働くということ」というテーマでインタビューをした。YouTubeサブチャンネル『SAMEJIMA TIMES 講演・対談編』でその様子を近く公開する予定なので、乞うご期待!

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