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NHKは信頼回復の好機を逃した!「前川喜平氏を次期会長に」という視聴者の声を黙殺して日銀元理事を起用する内向き人事の時代錯誤

NHKの次期会長は日銀元理事の稲葉延雄氏(72)に決まった。来月24日に任期満了を迎える前田晃伸会長の後任として、NHKの経営委員会が12月5日に全員一致で決めた。

稲葉氏は東大卒業後、日銀に入行してシステム情報局長や理事を務め、リコーの取締役専務執行役員や取締役会議長を歴任。みずほフィナンシャルグループ社長・会長を務めた前田氏に続いて財界からの起用となった。

NHKはそもそも国会に予算を握られ、政権与党の批判に及び腰だ。そのうえにNHK会長を選出するNHK経営委員会(委員長・森下俊三元NTT西日本社長)は首相に任命された委員12人で構成されるため、会長人事には現職首相の意向が強く反映されると言われてきた。とりわけ安倍政権はNHK人事に露骨に介入した。

実際、第1次安倍政権時代に当時の菅義偉総務相が古森重隆氏(富士フィルム社長)を経営委員長に据え、古森氏主導で福地茂雄氏(アサヒビール出身)をNHK会長に選んで以来、松本正之氏(JR東海出身)、籾井勝人氏(三井物産出身)、上田良一氏(三菱商事出身)、前田晃伸氏(みずほ銀行出身)と、5期(15年)にわたって、アベノミクスで恩恵を受けた財界人が任命されてきた。

この結果、NHKの報道は政権に加担する傾向をどんどん強め、NHK不信はかつてなく高まってきたといえるだろう。籾井会長が「政府が右ということを左とは言えない」と発言したのは、NHKが政権与党の広報機関に成り下がったことを象徴する出来事だった。

そのなかで迎えた今回のNHK会長人事は、NHKが信頼を取り戻す好機であった。しかも視聴者主導でNHK会長を選ぼうという動きが出てきたのである。

NHK出身者らでつくる市民団体「市民とともに歩み自立したNHK会長を求める会」は、安倍政権と対立して文科事務次官を退任した後にリベラルの立場から発信を続けている前川喜平氏こそ、次期会長にふさわしいとして推薦し、4万4019筆の署名をNHK経営委員会に提出。前川氏自身もNHK会長に意欲を示し、視聴者主導でNHK会長を選ぶ新しい決め方が実現するかどうかに注目が集まっていた。

ところが、NHK経営委員会はこの声を黙殺した。これまで同様、政界・官界・財界・マスコミ界の内輪の声にだけ耳を傾け、インナーサークルで会長を選んだのである。

しかも日銀という公的部門の出身者を報道機関のトップに選んだのは危険だ。日銀の金融政策は国民生活を左右し、ジャーナリズムが監視すべき対象である。その日銀の元理事を会長に任命するあたり、経営委員会という組織はジャーナリズムに対する見識を欠いているとしかいいようがない。所詮は政府広報機関としか考えていないのだろう。

毎回繰り返される内輪の人事。「みなさまのNHK」のトップは、経済界のコップのなかで経営者たちの縁故で決まるのだ。馬鹿馬鹿しい。

私は朝日新聞記者時代に編集局長を読者の投票で選ぶ「公選制」を社内で提言したことがある。①朝日新聞記者なら誰でも一定数の推薦人を集めれば出馬できる②各候補者はオピニオン面に「私の紙面改革」「私のジャーナリズム論」などのテーマで「公約」を執筆し、それを踏まえて候補者同士が論争する動画を一般公開する③3年以上継続して朝日新聞を購読している読者による投票で編集局長を選出するーーという内容だ。

本来なら社長を公選制にしてもよいのだが、経営と編集を分離することを条件に、むしろ新聞制作の最終責任者である編集局長を公選制にしたほうが読者は身近に感じると考えた。そのうえで、編集局長ポストが「社長へのステップ」になることを防ぎ、出世や保身を意識して紙面改革に怯むことがないようにするため、編集局長経験者は将来にわたって経営陣(役員)には加わらないという条件を設けることも提案した。

ちなみに朝日新聞の歴代社長の大半は編集局長経験者である。私は朝日新聞の社長になりたいと思ったことは一度もないが、編集局長になって自らの信じる紙面づくりを主導したいという思いはあった。

編集局長が読者の直接投票で選出されれば、紙面は読者ファーストになり、政治家や官僚、経営者らに忖度するゴマスリ紙面は大幅に減るに違いない。読者も新聞作りに参加している実感を得ることができる。

私は最高の新聞改革だと確信していたが、霞が関以上に官僚的と言われる朝日新聞社内ではまったく見向きもされなかった…トホホ。朝日新聞社員たちは、編集局長というポストを「社長への一里塚」としか考えていないのだ。

今回のNHK会長選びをみてわかるとおり、NHKも朝日新聞とさして変わらない。視聴者や読者のことよりも自分たちの出世レースに興味があり、政権や財界に敵をつくらず上手に付き合うことで社内の政治基盤を強めることに勤しんでいるのである。

それではジャーナリズムなど成り立つはずがない。

テレビや新聞から政官財界の闇を白日の下にさらすスクープが出ることはめったにない(時折個人芸でそれを成し遂げる立派な記者はいる)。ほとんどの「スクープ」は権力内部の対立の余波として相手側を失脚させるためにリークされた情報を端緒とするものだ。もちろんそれでも権力の膿を出すという効果はあるのだが、視聴者や読者の視点に立った本来あるべきジャーナリズムの姿ではない。

最も手っ取り早いマスコミ改革は、トップ人事を視聴者や読者が主導して決めることだと私は思う。

そのような意味で前川氏をNHK会長に推薦する市民運動はとても先駆的であり、それを黙殺するNHKは自己改革のチャンスをみすみす逃した。実に時代遅れの感性である。彼らは変わりたくはないのだ。

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