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伊藤詩織さんの性被害事件で逮捕状執行を直前に止めた中村格・警察庁長官の就任会見にみる社会部記者と警察のズブズブ関係

全国の警察のトップ人事がここまで注目されたことはなかっただろう。その渦中の人とは、9月22日に就任記者会見に臨んだ中村格(いたる)警察庁長官である。

中村氏は警視庁刑事部長だった2016年当時、ジャーナリストの伊藤詩織さんが安倍晋三前首相と親密なTBS記者による性被害を訴えた事件で、所轄署が逮捕状を執行する直前に握りつぶしたと指摘されている。中村氏はこの事件の直前まで安倍内閣で菅義偉官房長官の秘書官を3年務め、安倍官邸に忠実なエリート警察官僚として知られていた。この事件後、トントン拍子に出世し、菅政権が終わる間際に、ついに警察庁長官に上り詰めたのだ。

この「逮捕状握りつぶし」疑惑を暴いたのは2017年の週刊新潮の報道だった。安倍官邸の中枢にたいエリート警察官僚が首相と親密な記者の性犯罪を握りつぶしたという「大スキャンダル」はネット上で大反響を呼び、海外でも大きく報道された。

ところが、警視庁を担当する大手新聞各社の社会部は当初、この事件を完全に無視した。騒ぎが国際的に広がった後も伊藤さんの主張を紹介する程度の報道でお茶を濁し、中村氏による「逮捕状握りつぶし」という核心部分にはまったく切り込もうとしなかったのだ。

首相官邸と官邸記者クラブの政治部記者の癒着が激しく批判されているが、それ以上に癒着しているのは、警視庁と警視庁記者クラブの社会部記者である。私は27年間の新聞社勤務で政治部にも社会部にも在籍したが、この点は断言できる。

官邸記者クラブの記者会見には東京新聞の望月衣塑子記者ら報道各社の社会部記者やフリージャーナリストらが参加することが可能だが、警視庁記者クラブの記者会見に「部外者」が参加するのは極めて難しい。警視庁記者クラブ、司法記者クラブ、宮内庁記者クラブという社会部を代表する三つの記者クラブが日本報道界でもっとも閉鎖的というのは、新聞業界の常識だ。

社会部というと「権力追及」という印象を抱いている読者も多いだろうが、実像はまったく違う。過去には本物の「権力監視」記者は大勢いたし、いまでもそのような記者はいるだろうが、かなりの少数派とみていい。

彼らは自分たちが直接担当していない政治家や官僚が警察や検察の捜査対象となった場合、捜査当局と一体化して激しく批判を展開するため「権力追及」のイメージがあるのだが、そのほとんどは「捜査当局のリークの垂れ流し」である。本来は自らが担当する警察や検察が不正な捜査をしていないか、不都合な事実を隠蔽していないかを監視することが最大の責務なのに、実態は捜査当局と一体化し、捜査対象者への批判を強め、捜査の正当性を流布する「警察の広報機関」と化している。

伊藤詩織さんの事件は、社会部の警視庁担当記者が警視庁とべったりであることをさらけ出した。「逮捕状握りつぶし」という疑惑の核心にまったく迫らない報道ぶりは各方面から厳しく批判され、申し訳程度に報道を続けてきたが、真相を明らかにする主体的努力はまったくみられなかった。

そうこうしているうちに、渦中の人である中村氏はついに警察庁長官となった。かつての上司である菅首相の強い推しがあったのは間違いない。中村氏の警察庁長官就任会見に警察担当の社会部記者たちがどのように臨むのか。これは警察と社会部の癒着の有無を見極める格好の場面である。

それでは、朝日新聞デジタルに掲載された一問一答から、その内容を検証してみよう。(ノーカット動画はこちら

記者会見は、記者が国民を代表して当局者をただす場である。一般国民は記者会見に出席できない。出席できるのは記者の特権だ。だからこそ記者は一般国民に代わって厳しく追及する責務がある。時間の限られた記者会見では、国民がもっとも聞きたいことから質問をはじめるのが筋だ。

ところが、中村警察庁長官の就任会見で社会部記者たちが最初に質問したのは「長官就任にあたって抱負を」だった。続いて「特殊詐欺への対策」「サイバーの脅威への対応」「次世代モビリティーや自動運転について」…などの質問が並んでいる。そして、事前に用意されていたであろう中村氏の「官僚答弁」が延々と続くのだ。

伊藤詩織さんの事件に関する質問は、記事の末尾にようやく登場している。首相記者会見でNHKの中継が終わった後、厳しい質問をする外国人特派員らがアリバイ作りのように指名されるのとどこか似ている。

まずは伊藤詩織さん事件についての記者の質問をみてみよう。

ジャーナリストの伊藤詩織さんが元TBS社員による性被害を訴えた事件について。警視庁の署が逮捕状の発付を受けたが執行されなかったと言われている。事件当時は警視庁の刑事部長だった。この事件についてどう判断、対応したのか。また、この件などに絡んで、今回の長官就任についてはネット上などでは疑問視するような声も一部で出ている。その点についてもどう考えるか。

まず気になるのは、「逮捕状握りつぶし」からすでに5年、週刊新潮の第一報からすでに4年の歳月を経ているのに、警察担当記者の質問は「警視庁の署が逮捕状の発付を受けたが執行されなかったと言われている事件当時は警視庁の刑事部長だった。この事件についてどう判断、対応したのか」なのだ。

中村氏が当時、逮捕状の執行中止を指示したのか否か、警視庁担当記者たちはその事実関係さえも、いまだに確認をとっていないのだろうか。だとすれば、職務怠慢も甚だしい。いかに警視庁記者クラブが警察と癒着しているのか、この伊藤詩織さんの事件の真相究明に及び腰だったか、この質問だけみても容易に想像できる。

中村氏が逮捕状執行の目前に中止を命じたことをこれまで大々的に報道していれば、この日の就任会見では「なぜ中止を命じたのか。国民は官邸と中村氏の癒着を疑っている。あなたには経緯を明確に説明して国民の疑念を解く責任がある」と毅然と質問できるはずだが、この4年間、きちんと取材・報道してこなかったから、いまだに回りくどい質問したできないのだ。

続いて「今回の長官就任についてはネット上などでは疑問視するような声も一部で出ている。その点についてもどう考えるか」という質問も情けない。なぜ「ネット上などで疑問視する声」を引き合いに出して「どう考えるか」と聞かねばならないのか。記者が自分の言葉で「逮捕状を握りつぶして国民に疑念を招いているあなたに警察庁長官に就任する資格があるのか」と厳しく迫るべきだろう。

よく政治部記者が首相に「総理、受け止めをお願いします」という情けない質問をしているシーンがテレビに映し出されるが、このような主体性のない質問の数々こそ、マスコミ不信を増幅させる大きな原因であろう。

これに対する中村氏の回答が以下である。質問自体が生ぬるいのだから、答弁の中身がないのは当たり前だが、念のため引用しておこう。

まず、最後に人事の話があったが、自分自身の人事についてなにかコメントする立場ではないので、ご理解いただきたいと思う。また、いまお尋ねのあった捜査の関係だが、これは、私が過去の職で関係した個別の事件捜査に関するお尋ねで、その件は警視庁において告訴を受理し、法と証拠に基づいて、組織として捜査を尽くした上で検察庁に送致し、その後検察庁において不起訴処分がなされ、さらにその後の検察審査会においても不起訴相当の議決がなされたといった経緯をたどったものであることから、その捜査の過程について具体的に言及するのは控えるべきと考えている。その上で、私は様々なポストで数多くの事件捜査、捜査指揮にあたってきたし、その経験がある。そのような中で、捜査指揮にあたっては常に法と証拠に基づいて適切に判断をしてきたと考えている。その姿勢を貫いてきた。法と証拠以外の他事を考慮して、何らかの捜査上の判断をしたということは一度もない。もとより、現行のわが国の刑罰法規に抵触しないということであれば立件ができないのは当然であり、また、適正捜査を進めて収集した証拠を十分吟味して、強制捜査への移行というのは(移行する際には)十分慎重を期すべきであることもまた当然であると考えている。

記者会見はこれで終了である。結局、中村氏は「逮捕状握りつぶし」について具体的な説明は一切せず、一般論で逃げ切ったのだった。「自分自身の人事についてコメントする立場にない」「捜査の過程について具体的に言及するのは控えるべきだ」などという中村氏の紋切り型の答弁を、社会部の警察担当記者たちは黙って聞き、それを受け入れて会見は終わったのである。

これこそ「私たちは世間が騒いでいる伊藤詩織さんの事件についてもちゃんと質問しましたよ」というアリバイ作りそのものだ。そこには、国家権力の歪んだ行使に対する憤りも、被害者に対する人間としての思いやりも、国際社会から日本の警察司法に向けられた不信に対する危機感もない。何より、権力の横暴を監視するというジャーナリストとしての使命感がない。そこにあるのは、警察に嫌われたくない、情報をリークしてもらえなくなると困る、という警察べったり記者の歪んだ保身だけだ。

朝日新聞は中村氏の就任会見の一問一答をデジタル版に掲載することで「私たちはちゃんと質問したし、報道もしましたよ」という「アリバイ作り」が完了したと考えているのだろう。だが、この一問一答を読めば読むほど警察と新聞の癒着の深刻さに絶望するしかない。

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