岸田文雄首相が大幅に前倒し実施した内閣改造・党役員人事は地味で凡庸な内容にとどまったが、実はそこには①最大派閥・清和会(安倍派)を分断して弱体化させ、岸田派、麻生派、谷垣グループが合流して「大宏池会」を結成し最大派閥に躍り出る②非主流派の要である菅義偉前首相を徹底的に干し上げるーーという狙いが込められている。
このことは、前回の鮫島タイムス記事『清和会支配から宏池会時代へ 岸田首相の「いつか見た内閣」凡庸人事に隠された意図〜菅義偉氏と福田達夫氏を外した理由』やプレジデントオンラインへの寄稿『安倍派を服従させ、菅元首相を完全につぶす…岸田首相の「優等生内閣」にある冷徹な政治意図を解説する』で詳しく解説したが、本日は岸田首相が権力基盤を強化したうえで何を実行するのかという話を進めたい。
結論的にいえば、安倍晋三元首相の悲願であった改憲に政権の命運をかける気はさらさらない。参院選で改憲勢力が3分の2を超えたことが注目されたが、岸田首相は公明党の反対を理由に議論を先送りし続けるだろう。統一教会が掲げる改憲案と、自民党の改憲案が重なり合うことも、岸田首相が改憲発議を先送りするひとつの口実になると思われる。
それでは岸田首相が何を最優先に進めるのかと言うと、それはズバリ、消費税増税だ。
宏池会はもともと財務省と一体化した派閥である。岸田官邸には財務官僚が多数乗り込み、安倍・菅政権で影響力が落ちていた財務省は完全復権した。キングメーカーの麻生太郎副総裁も財務相を9年近く強め、いまや財務省の用心棒である。しかも当面は国政選挙がなく、内閣支持率をさほど気にする必要もない。これほど消費税増税に突き進むのに適した環境はあるまい。
岸田首相は内閣改造を発表した8月10日の記者会見で、これからの最優先課題を問われた際、改憲には触れず「①新型コロナを乗り越え経済を再生し、持続可能な経済社会をつくりあげていく、②国際情勢が緊迫するなかで我が国の平和と安全を守り抜くためポスト冷戦期の新しい国際秩序をつくりあげていくーーこの2点に特に力を注いでいきたい」と強調した。
このうち、「持続可能な経済社会をつくりあげていく」というのは、財務省用語で「財政破綻しないように財政の収支均衡・健全化を進める=増税をめざす」という意味である。つまり、新型コロナ対策で大盤振る舞いした結果、財政規律は大幅に歪み、それを是正するために消費税増税は不可欠であるという、財務省の悲願が岸田首相の発言にはにじみ出ている。
さらに驚いたのは、岸田首相が内閣を改造したのと同じ8月10日、財務省は国債や借入金、政府短期証券の残高を合計した「国の借金」が6月末時点で1255兆1932億円になったと発表した。時事通信は「3月末から13兆8857億円増加し、過去最大を更新。7月1日時点の人口推計(1億2484万人)を基に単純計算すると、国民1人当たりの借金は約1005万円となった」と伝え、財政再建の必要性を煽っている。
岸田政権の権力基盤が整ったのと同時に、財務省はさっそく消費税増税に向けた世論形成に乗り出したのだ。
独自通貨発行権を持つ国家において国債は「国の借金」ではなく、ハイパーインフレにさえ注意すれば財政の収支均衡にとらわれずに大胆に財政出動することができるとする「積極財政」の立場からいえば、財務省の発表もそれを垂れ流した時事通信の報道も「フェイクニュース」となる。
しかし、日本では長らく二大政党(自民党と民主党)もマスコミ各社も財務省の言うままに「国債=国の借金」という金本位制時代の通説を国民に流布し、財政の収支均衡を重視する「緊縮財政」の立場をとってきた。国民世論は「大胆な財政出動を続けると国の借金が膨らみ、財政が破綻する」と信じ込まされてきた。
この結果、教育無償化や奨学金チャラなどの子ども支援や医療や介護を充実させる社会保障政策をはじめ、人々の暮らしを支える極めて有効な社会政策の数々が「財源が足りない」という口実で却下されてきたのである。
豊かな蓄えを持つ上級国民たちにとって、一般大衆の苦しい生活を支える積極財政は何のメリットもない。上級国民たちは貧富の格差が拡大し固定化するからこそ、自分たちの地位や既得権が安泰となる。だから一般大衆の暮らしを底上げする積極財政には興味がない。いや、積極財政は自分たちの相対的優位を脅かすため心底から反対なのだ。緊縮財政を進める財務省、二大政党、マスコミはまさに上級国民の味方なのである。
岸田首相が「持続可能な経済社会を〜」と発言し、消費税増税への意欲をにじませたのに対し、首相会見に参加した報道各社の官邸記者(政治部記者)の誰一人からも「消費税増税」の質問は出なかった。
ここは「岸田首相は自らの政権で消費税増税を進めるのか、明確に答えてください」と迫らなければならない局面である。改めて官邸記者クラブの政治記者たちの感度の悪さを痛感した。
政権の最優先課題について何も突っ込まないのだから、いったい何のために官邸記者クラブに机を持って常駐し、首相記者会見に出席する特権を与えられているのか、理解に苦しむ。結局、マスコミは一般大衆ではなくエリート官僚や政治家ら上級国民の側に立っているのである。
仮に消費税について質問しても、岸田首相が現時点で「消費税増税を進める」と明言することはないだろう。それでも消費税増税を否定することもなかったはずだ。それをもって「首相、消費税増税を否定せず」という記事を書けば、岸田政権が都合のいいタイミングで消費税増税を仕掛けてくる前に、報道各社が消費税増税を主要な政治課題のテーブルにのせて世論を喚起し、政策論議を主導できる。
国家権力が設定した土俵の上で、国家権力にとって都合のよいタイミングで政策を議論するのではなく、ジャーナリズムが政策テーマを主体的に設定する政治報道。日本の民主主義に欠けているのはそれだ。
岸田首相は清和会弱体化→大宏池会結成で政権基盤を強化したうえで、消費税増税を仕掛けてくるだろう。まずは立憲民主党をはじめ野党を巻き込み、与野党の共同責任で消費税増税を進める政界工作を財務省が水面化で進めるに違いない。2012年の民主党政権末期に自公民3党合意で「社会保障の財源を確保するための消費税増税(税率を5%→8%→10%へ引き上げ)」を決定したのと同じ構図である。
政治ジャーナリズムはそうした政界の動きに目を凝らし、それを同時並行的に報道して国民の関心をかきたて、消費税増税が知らない間に既定路線にならないようにしなければならない。
しかしマスコミは与野党や財務省と一緒になって消費税増税の旗を振り、増税容認の国民世論を醸成してきた歴史があり、信用できない。鮫島タイムスをはじめ新興メディアがその役割を果たすしかない。