政治を斬る!

財務省と闘った赤木俊夫さん・雅子さんの5年間〜巨大組織が上から襲いかかってくる恐怖と孤独を乗り越えて

森友学園問題で公文書改竄を強要され自死に追い込まれた財務省元職員の赤木俊夫さんの妻・赤木雅子さんと、弁護士で代理人の生越照幸さんの講演会をオンラインで視聴した。1月30日のクレヨンハウス「朝の教室」である。

俊夫さんは2017年に上司から公文書改竄を強いられて精神的に追い込まれ、とても大切にしてきた雅子さんに気持ちをぶつけるようになり、自らを責め、苦悩の果てに命を絶つ。ひとり残され混乱する雅子さんを財務省は「財務省で働きませんか」と抱き込みにかかる。雅子さんは財務省寄りの弁護士への不信や押し寄せるマスコミへの恐怖に猜疑心を募らせる。そこで自死の問題に取り組む弁護士の生越さんと出会い、心から信頼を寄せ、国家権力を相手とする裁判闘争を決意するーー5年間にわたるその歩みは、涙なくしては聞いていられない。

「きっと誰かが助けてくれる。未来が開けることがある。生きていて本当に良かった」と雅子さん。

「知らないことを知らないと言えるのが良い弁護士です」と生越さん。

二人の言葉はキラキラ輝いていた。時折声を詰まらせながらも明るく前向きに語る雅子さんの姿をみて、私はほんとうに安堵した。

ジャーナリストとしては失格かもしれないが、正直に告白すると、私は赤木俊夫さんの自死について取材したり執筆したりすることを実は避けてきた。巨大組織が自己保身と組織防衛から末端の個人に全責任を押しつけようとする様相が、自らの実経験と重なり合い、フラッシュバックして、心身が硬直してしまうからである。自らが所属する巨大組織が上からなりふり構わず襲いかかってくる時の恐怖と孤独は、実際に体験した者でなければわからないかもしれない。

今回のオンライン視聴も実のところちょっぴり怖かった。でも、赤木雅子さんと生越照幸さんの明るい語り口に心が洗われた。視聴してよかった。

私は2014年、福島原発事故をめぐる「吉田調書」を独自入手したスクープをデスクとして担当した。当時の朝日新聞社社長は当初、このスクープを絶賛して新聞協会賞に申請したが、安倍政権やその支持勢力、そしてマスコミ各社から「誤報」「捏造」と反撃されると態度を一変させ、第一報から4ヶ月後に記事を取り消し、デスクの私と取材記者二人を処分した。私たちは「捏造記者」として世間から激しくバッシングされたが、朝日新聞社は一切守らずに放置した。記事を掲載し、政権側からの「反撃」への危機対応に失敗した経営陣や編集幹部の責任をすべてデスクと取材記者に背負わせたのである。

私たちは社内で四面楚歌になり孤立した。上司に何を訴えても黙殺された。ネットには私や取材記者の自殺説が流れ一部で報道もされた。上司から留守番電話に「君が自殺したという情報がある。これを聞いたら連絡するように」と吹き込まれていたこともある。会社は組織防衛に躍起になり、記者個人の人生などこれっぽっちも考えていなかった。デスクを解任され、社内の苛烈な事情聴取を何度も受け、停職処分と記者職を解かれる人事を発令されるまでの4か月は窒息しそうな日々だった。

当時の朝日新聞社の私たちに対する振る舞いと、財務省の赤木さんに対するそれは酷似している。エリートが率いる巨大組織というのはそういうものなのだろう。

朝日新聞で「吉田調書」報道を手がけた記者二人は早々に会社を去ったが、私は心の整理をして会社を去るまで6年かかった。巨大組織が上から襲いかかってくる恐怖の記憶から解放されるには、少なくともそのくらいの歳月を要するのかもしれない。

赤木雅子さんと同様、どん底を彷徨う時に助けてくれる人が私にもいた。いまは小さなメディア「SAMEJIMA TIMES」を創刊し、読者の皆様に支えられている。「未来が開けることがある。生きていてほんとうに良かった」という雅子さんの言葉は胸にしみ込んでくる。

私は昨年2月に朝日新聞社に退職届を出して「SAMEJIMA TIMES」を創刊し、「吉田調書」取り消し事件の真相を恐る恐る書き始めた。しかし、文章にしようとすると、やはり恐怖がフラッシュバックしてくる。他の原稿のようにはなかなか筆が進まない。気を取り直して再び書き始めては立ち止まるということを繰り返した。まだすべてを書き切れていない。ディテールに踏み込もうとするほどフラッシュバックしてくる。心の傷というのはそのようなものなのだろう。雅子さんもそのような5年間の日々を重ねたに違いない。

私は昨年5月30日、朝日新聞社を正式に退職する前日にクレヨンハウス「朝の教室」で「吉田調書」取り消し事件を含め「なぜ朝日新聞社を辞めるのか」について講演する機会をいただいた。心に整理をつけて新しい一歩を踏み出す人生の節目に、とてもいい舞台を与えていただいた。クレヨンハウスには感謝しかない。

当時の講演を事前告知する記事を以下に再掲する。そのなかに私の「吉田調書」取り消し事件への基本的な考え方を記している。

新聞記者やめます。あと36日!【なぜ新聞記者をやめるのか。クレヨンハウス「原発とエネルギーを学ぶ朝の教室」で講演します】

今回の赤木雅子さんと生越照幸さんの「朝の教室」のオンライン視聴は、私もこの舞台で講演したご縁でクレヨンハウスからご招待いただいた。

まだまだ書き残していることがある。雅子さんと違って、私はジャーナリストなのだ。雅子さん以上に社会的責任を背負っている。勇気を振り絞って過去をつぶさに見つめ、すべてを明らかにしていかなければならないーーたくさんの勇気をいただいて、そう決意を新たにした。

赤木雅子さん、生越照幸さん、クレヨンハウスさん、ありがとう。

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