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新聞記者やめます。あと36日!【なぜ新聞記者をやめるのか。クレヨンハウス「原発とエネルギーを学ぶ朝の教室」で講演します】

クレヨンハウスが開催する「原発とエネルギーを学ぶ朝の教室」で講演することになった。この連載「新聞記者やめます」をご覧になってお声かけいただいた。新聞記者をやめる理由について語る。5月30日(日)午前9時からである。オンラインでも視聴できる。詳細はこちら(https://www.crayonhouse.co.jp/shop/g/g2206090011140/)。

私の新聞記者人生は、福島第一原発事故を抜いて語れない。2011年3月11日の事故発生時は政治部デスクとして民主党政権の取材を陣頭指揮したが、その過程で政治報道の限界を感じ、調査報道に専従する特別報道部デスクへ移った。そこで福島の原発作業員らに対する地道な取材を続ける記者たちと出会い、2013年には「手抜き除染」報道の取材班を代表して新聞協会賞を頂いた。

特別報道部はその後、政府が非公開にしてきた「吉田調書」(事故当時に福島第一原発所長だった吉田氏が政府事故調査・検証委員会の聴取に証言した記録)を独自入手してスクープしたのだが、「所長命令に違反 原発撤退/政府事故調の「吉田調書」入手」という見出しの第一報は、安倍政権や東京電力などから激しい反発を受け「取り消し」に追い込まれた。担当デスクであった私は取材記者二人とともに更迭・処分され、ネット上で「捏造記者」「売国奴」などと罵詈雑言を浴びた。朝日新聞社は、記事の出稿過程に「捏造」などの不正は一切なかったが、見出しや前文は「間違った印象を与える表現」だったと結論づけ、スクープ記事全体を取り消し、さらには取材記者を処分するという、ジャーナリズム史に残る大事件となった。特別報道部はこれを機に縮小され、この春、ついに廃止されたのだった。

私の「吉田調書」報道に対する見解をまとめると以下のようになる。

①政府が非公開にしてきた「吉田調書」を独自入手してスクープしたことは、「隠された事実」を暴く歴史的な調査報道であった。

②「吉田調書」報道の目的は、原発事故現場を離れた所員たちの責任を追及することではなく、原発事故がいったん発生したら現場で制御する人がいなくなる事態が十分に起こりうるという現実を直視し、原発再稼働の議論に一石を投じることにあった(この狙いは第一報の解説記事でも示していた)。

③第一報の見出しや前文には大混乱の最中で現場を離れた所員への配慮に欠ける表現があるとの指摘を受けた。

④私はデスクとして第一報からまもなく、配慮に欠ける表現との指摘を受けた部分を修正したうえ、キャンペーンの狙いを改めて詳しく説明する続報の掲載を強く主張したが、新聞協会賞の申請・選考への影響を恐れた会社上層部に阻まれた。

⑤第一報から3ヶ月たったところで、「吉田調書」とは直接関係のない「慰安婦報道取り消し問題」と、それを批判するコラムの掲載を当時の朝日新聞社社長が拒否した「池上コラム問題」で、朝日新聞は世論の強い批判を浴びた。追い込まれた社長は、「慰安婦」や「池上コラム」ではなく、突如として「吉田調書」を理由に引責辞任し、「吉田調書」のスクープ記事全体を取り消して関係者を処分する意向を表明した。

⑥「吉田調書」の第一報に「間違った印象を与える表現」があったとしても、第一報直後に迅速に訂正・修正などの対応をすれば、スクープ記事全体の「取り消し」に追い込まれることはなかった。ジャーナリズム界全体を揺るがす大失態を招いた最大の原因は、第一報そのものよりも、第一報を報道した後の会社上層部の危機対応の失敗にある。デスクであった私以上の管理職(当時の社長以下の全経営陣、編集局長、特別報道部長)は結果責任を問われる立場にあるが、「吉田調書」を独自入手した取材記者二人を処分したことはジャーナリズムの自殺行為であった。

⑦「吉田調書」報道が権力側の反撃と新聞社の危機対応の失敗で取り消しに追い込まれ、取材記者二人が処分され「捏造記者」「売国奴」とバッシングされ、それを会社は黙認・放置し、取材記者二人が会社を去ったことは、調査報道や政治報道に携わる多くの記者を萎縮させ、新聞全体の「事なかれ主義」を加速させ、権力監視機能を大きく低下させ、疑惑続きの安倍政権を長期化させた。「吉田調書」をめぐる朝日新聞の対応は正しかったのか、ジャーナリズム再建のためにも、朝日新聞が信頼を回復し再生するためにも、歴史的な再検証が不可欠である。

「吉田調書」報道で私は記者職を外され、新聞記者とは何かを再考するきっかけとなった。そこでジャーナリストとして独立することを目指してTwitterをはじめ、フォロワーが5万人を超えたところで退職届を出し、今年2月末にSAMEJIMA TIMESを開設した。福島第一原発事故が私自身の新聞記者人生を大きく変えたのは間違いない。

クレヨンハウスの「朝の教室」ではこうした経緯を中心にお話ししたいと考えている。1時間半の講演時間でどこまで語れるか、どこに重点を置くか、これから詰めていくが、この連載「新聞記者やめます」でこの経緯に触れた過去記事を以下に再掲するので、事前にお目通しいただければ、より理解が深まるのではないかと思う。

なお、これまでの記事に対して「吉田調書報道取り消しの経緯はよくわかったが、そもそも第一報が『反原発」のイデオロギーから書かれたことに問題があったのではないか」という指摘をいくつか頂いた。これについては稿を改めてお答えしたい。

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