政治とマスコミを斬る
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ジャーナリズムは「客観中立」の幻想を捨て、立ち位置を鮮明にして「データと論理」で競い合え!〜CLP疑惑は終わらない(前編)

立憲民主党の政治資金1500万円がリベラル系ネットメディア「Choose Life Project」(CLP)へ水面化で提供されていた問題をSAMEJIMA TIMESは繰り返し報じてきた。立憲民主党の経緯説明を納得できるのか、投票アンケートを実施したので結果をお知らせしよう。

立憲民主党を応援していますか?「CLP問題の説明は終了した」に納得できますか?

投票した約660人のうち約9割が「納得できない」と答えている。投票全体の約半数が「立憲民主党を応援しているが、納得はできない」と答えていることを、泉健太代表以下、立憲民主党執行部は重く受け止めていただきたい。政治資金をめぐる疑惑に蓋をしたまま幕引きすることは断じて許されない。

CLP問題をめぐっては、読者の皆さんからたくさんのご意見もコメント欄に寄せられた。賛否両論、実に多様な内容である。私も考えさせられる投稿が多かった。

一方、この問題を議論するにあたっての現状認識や問題意識が共有できていないとも感じた。そこでいまいちどCLP問題の論点を明確に整理したいと思う。

立憲民主党→博報堂→制作会社→CLPというかたちで政治資金1500万円が水面下で提供されたというこの疑惑は、CLP側からみた「メディアと政治の癒着」という問題と、立憲民主党側からみた「政治資金の不透明な使い方」という問題をはらんでいる。二つの問題は別々に考察することが必要だ。順番に見ていこう。

メディアと政治の癒着について(CLPからの視点)

■政治との癒着はマスコミ全体の問題である

テレビ局は放送法の適用を受けるため、そもそも政治介入を完全に防ぐことは不可能である。これに対し、新聞やネットメディアは特別な法律に縛られておらず、本来は完全に自由である。(サメタイは政府や政党に遠慮する動機がまったくない。だから一切の容赦なく批判を展開している)

ところが、新聞社は実際には権力と癒着し、権力批判に怯んでいる。その大きな要因は、政府や自治体、政党から新聞広告をはじめ巨額の事業を受注しているからだ。政府や自治体から受け取る巨額の購読料も無視できない。これらの原資は私たちの税金である。

新聞社にとって政府や政党は「大切な大口顧客」だ。政府や自治体の思惑ひとつで、巨額の広告掲載や新聞購読を打ち切られてしまう。読売新聞が大阪府と包括連携協定を結んだのは、大阪府が新聞広告や新聞購読を支える大口顧客であるからにほかならない。新聞離れが加速し発行部数が激減するなかで、新聞社の「政府・自治体依存」は進み「税金ビジネス」の様相を強めているのである。

権力監視を徹底するならば、新聞社は本来、政府や政党と広告掲載をはじめとするビジネス上の取引を原則断ち切るべきである。新聞社は「経営と報道は別」という理屈で誤魔化しているが、権力批判に尻込みする日々の紙面をみる限り、そんな理屈を信用する人はほとんどいない。

しかも新聞社は政府や政党との取引の詳細を公表していない。ほんとうに適正価格で事業を受注しているのか、何かしらの恩恵を特別に受けているのではないか。公開情報によってそのような疑念を検証することはできない。そもそも政府や政党と新聞社の「おカネの関係」は極めて不透明なのだ。

CLPのような新興ネットメディアよりも、新聞社の方がよほど「政治との癒着」が疑われる状況にあるという事実を、まずは抑えておきたい。野党から水面下で資金提供を受けていたCLPよりも、「客観中立」のフリをしながら政府与党に経営上の依存を強め、国家権力にすり寄った報道を展開している新聞社の弊害のほうがはるかに大きい。

■問題は「特定政党からの資金提供を隠していたこと」に尽きる

CLPが立憲民主党から1500万円を受け取ったことをめぐって是非が問われているのは、①特定政党から広告掲載や事業受注の対価としてではなく、事実上の設立資金として受け取ったこと、②設立資金を立憲マネーに依存した結果、立憲民主党の強い影響下に置かれてその意向を無視できず、報道の主体性が損なわれる危険が高い状況で報道番組を配信していたこと、③特定政党から巨額の資金提供を受けた事実を出演者やサポーターらに伏せていたことーーの3点に集約されるだろう。

私は、メディアのあり方は多種多様でよく、特定政党が出資して新興メディアを立ち上げることはあってよいと思う。CLPが間違っていたのは、「公共のメディア」を標榜し「中立的な報道機関」の装いをしながら、立憲民主党の政治資金によって設立された事実を隠していたことに尽きると私は考えている。

資金提供を決めた立憲民主党の福山哲郎前幹事長は「番組内容には一切関与しなかった」とし、CLPもそのように説明している。たしかに明示的な介入はなかったのかもしれない。サメタイにご意見を寄せた視聴者の多くも「番組内容は適切だった」としている。

しかし、CLPが本当に福山氏の意向をまったく忖度せずに番組制作を進めていたのかは十分な検証が必要であろう。例えば枝野・福山独裁体制と広く指摘されていた立憲民主党の党運営について一度でも異議を唱えたのか。れいわ新選組の山本太郎代表とのぎくしゃくした関係をはじめ野党共闘に対する枝野・福山両氏の冷淡な姿勢を追及したことがあるのか。福山氏にとって都合の悪い事実を深掘りする報道があったのかどうか、第三者委員会の検証に期待したい。

はじめから立憲マネーによって設立したことを表明し、出演者や視聴者にそれを割り引いて番組を判断してもらう(それでも豊富なデータや論理性を兼ね備えて説得力のある番組制作を目指す)というメディアを標榜していたのなら、立憲民主党批判を控えていたとしても一定の理解を得られたのではなかろうか。あとはそれぞれの視聴者が番組内容を総合的に評価すればよいことだ。

そのうえで問いたいのは、「CLPが野党からの資金提供を隠していたこと」と、「テレビ局や新聞社が政府与党との取引関係を不透明にしていること」が、日本のジャーナリズムに及ぼす影響の軽重をしっかり吟味することである。テレビ局や新聞社など大手マスコミと国家権力を握る政府与党の癒着のほうが日本社会によほど大きな悪影響を及ぼしていると私は思う。

■「客観中立」の虚構を掲げた傍観報道と決別を!

CLPは、TBSの報道番組制作に携わってきた佐治洋氏らが、権力監視の役割を放棄して政権ベッタリの報道を続けている既存メディアに疑問を抱いて立ち上げた新興メディアである。立ち上げ資金の確保に難航した結果、立憲マネーに手を出し、それを隠していたことは、批判に値するだろう。

しかし、テレビ業界に長く身を置いてきた彼らにとって、政府や政党から資金を得ること自体にさほどの抵抗はなかったのではないか。それほどまでにマスコミ業界には政府・政党マネーはさまざまな形で流入しているのである。CLPは資金の受け取り方が「不器用」だったに過ぎず、テレビ局や新聞社はもっと「巧妙」に政府・政党マネーを受け取っているだけだ。

CLP問題は「メディアと政治」の癒着の一角を照らしたに過ぎない。より大きな「巨悪」にこそ、ジャーナリズムの批判は向けられるべきだ。朝日・読売・毎日・日経・産経の大手5紙が安倍政権の国策である東京五輪のスポンサーに横並びでなったこと、読売新聞が大阪府と包括連携協定を結んだこと、さらにはNHKが「河瀬直美が見つめた東京五輪」で五輪反対デモのイメージを悪化させる字幕を捏造した疑惑の方が「メディアと政治」の癒着の本筋である。

CLPがマスコミと政権の癒着構造を突き崩す存在として多くの視聴者の期待を集めた事実は極めて重い。CLPは大手マスコミと政府与党との癒着を真正面から批判し、立憲民主党の支援を受けていることを明示したうえで、「野党支持」の立場を鮮明に掲げ、正々堂々と政府与党や大手マスコミを批判する番組を制作すればよかったのだ。それでも幅広い人々を惹きつける高品質な番組制作を目指すべきだったのである。

そもそも「客観中立」報道というのは幻想である。明確に主張を掲げていなくても、何を取材し何を取材しないのか、何を報道し何を報道しないのかを報道機関が取捨選択している時点で「客観中立」は崩れている。さらにどのニュースを大きく扱うのかを主体的に判断しているのだから「客観中立」など成り立つはずがない。政府与党の主張を垂れ流したり、首相や知事の休日の過ごし方を好意的に紹介したりするのは、政権びいきの「偏向報道」そのものだ。

報道機関は現実的には「主観・偏向」報道を続けているのに「主観・偏向」の理由をデータや論理で説明できない(したくない)から「客観中立」報道を装っているだけだ。既存メディアへの挑戦者であるCLPがテレビ番組の延長線上に立ち、「客観中立」の幻想に縛られ、立憲民主党からの資金提供を隠していたのは実に残念だった。すべてをオープンにして堂々と主観的報道を展開すればよかったのだ。インターネットの世界はテレビよりもっと広大で自由なのだ。

CLP問題をきっかけとして、日本社会が「メディア=不偏不党・中立であるべし」という固定観念から解き放たれ、各メディアが支持する政党や政策を鮮明にしたうえで「データや論理に基づく説得力」で競い合う時代へ進化することを期待したい。報道機関が自らの立ち位置を誤魔化さずに鮮明に掲げ、反論を真正面から受け止め、それに対する説明責任を正々堂々と果たす方が、報道内容も主体性を増してわかりやすくなるだろう。それこそ、報道機関・言論機関のあるべき姿である。「客観中立」の虚構に逃げ込んで権力批判に尻込みし両論併記を重ねる「傍観的報道」から、自分たちの立場を鮮明にする「主体的報道」へ転換することが、ジャーナリズムの再建に不可欠だ。

きょうの前編ではCLP問題を「メディアと政治の癒着」の視点から考察した。後編は立憲民主党からみた問題点を深掘りし政治資金規正法違反の疑いを追及する。一足先にYouTubeで後編のエッセンスを公開した。よろしければご覧ください。

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