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福祉・介護のある風景(31)記憶ができない~橘 世理

年齢を重ねると「物忘れ」が現れる。

その時、「私、今までこんな事はなかったのに」と不安になる人、「年だから」と笑って済ます人、様々いる。

昨日の夕食は何を食べたっけ? これはある。世代問わずあるだろう。

でも、昨日の夕食、食べたかしら? 食べた事を忘れてしまう。これが頻繁になると心配だ。

このふたつを比較した時、後者はとても深刻だ。

やがて日常生活を送れなくなる。

今回は、「食べたかしら?」という短期記憶すら忘れてしまう人と、何度言われても言われた事を忘れてしまう人の事を書きたい。

<今、この時を記憶できない。>


1️⃣ さっきやった事、忘れちゃった

叔母は、認知症だ。アルツハイマー型と診断されている。

叔母が実家へ来て仏壇に線香を焚向け、お祈りをする。

その後に実家の人たちと談笑を始めると、突然、「私、仏壇にお線香、あげてなかった」と言って、再び仏間へ行こうとする。

「今さっき、お線香、あげましたよ」と私が言うと「え?そうなの?あたし忘れちゃって」。そう言って両手で顔を覆う。

このようにさっきやった事を忘れてしまい、叔母がそのような自分を嘆くたびに私はせつなくなる。同時に健康だった頃の叔母が思い出され、残酷な時間の流れを見つめざるを得ない。

認知症の症状で顕著なのが、さっきの事(例:2分前の行動)を忘れるのに昔の事は憶えている症状だ。昔の事ほど忘れそうなのに。よくそう聞くが、脳の仕組みからそうはなりにくい。

認知症関連の本によれば、脳の中では、さっきの出来事(短期記憶)と、昔に起きた出来事(長期記憶)をしまって置く場所が違うそうだ。

さっきの出来事(短期記憶)をしまっておく場所を海馬という。この海馬が萎縮してしまうために、短期記憶を忘れてしまうという。

一方で、昔の出来事を保管しておく場所は、大脳皮質と呼ぶ。ここは、影響を受けにくいので昔の出来事は忘れないということになるらしい。

でもアルツハイマー症の病状が進むとこの場所も影響を受け、認知機能が益々低下することになるというメカニズムだそうだ。

脳やアルツハイマー症に関する研究は日々進んでいるので、一日も早く治療法や治療薬が確立して、当事者である人達が救われることを期待するばかりである。

2️⃣ 苦しみながら笑うしかない

叔母は、老々介護だ。夫(85)が妻(81)を介護している。

そこへ週に1度から2度、彼らの息子が様子を見に来る。

当事者以外の私や他の人たちは、その大変さを想像できても渦中にいるわけではないので、実感はできない。だが、認知症患者を抱える家族の苦労は、並大抵のものではない。

叔母家族で言えば、息子は叔母のすぐに忘れる事を笑って見守っている。

初めは、結構、深刻なのによく笑えるなと思ったが、「笑わなきゃやってられないので」と言われて、そうか!と腑に落ちた。いや、寧ろ、そこに気づけなかったことが恥ずかしい。

苦しい時ほど笑いに変える。

それは、困難を乗り越える最大の武器かもしれない。

話は別の人に移るが、私の知人も認知症の義理父を笑いに変えていた。

彼女の義理父は、話は何でも食べ物の話にすり替えて、自分の都合の良いようにしてしまう。幸せなおじいちゃんと笑っていたが、会話の成り立たない相手なので、そう思うしかない。

義理父に兄が亡くなったことを伝えても、義理父は一瞬、悲しい顔をするけれど、すぐに忘れてしまった。

でも最後に会わせないわけにはいかないということになり、義理父を兄宅へ連れて行った。その時、横たわる兄に義理父は、「兄さん、なに、寝てるんだ、朝だぞ、起きろー」と大きな声で何度も言って家族親族は、苦笑いしたという。

これを明るく笑って話すので、こちらまで笑ってしまうし、笑わなければ彼女のストレスが霧消しないので、一緒に笑った。もちろん心からの笑いなどではない。彼女も心の中では認知症と対峙しなければならず、泣いているのだ。ましてや相手は義理の父親、夫の親である。彼女の気持ちが分かるので私も笑っている振りをする。してあげないと、すぐにも泣き出しそうなことが手に取るようにわかるので、こちらも精一杯笑顔を作る。

認知症患者を抱えた家族は、日々認知症と闘っている。

その闘いを彼女は、「毎日、コントです」と言って笑っている。苦しみを笑いに変えるエネルギーは、希望でも期待でもなく、絶望感だと思う。

3️⃣ 脳に何か問題が?

「職場に入ってきた人は、まだ50代なのに。でも、その人、何を伝えても忘れちゃうようなんです」と言って話を切り出された時には、物忘れにはまだ早いと思った。

知人は、その50代の人が悪気なくやっていることなのでどう対応して良いのかわからない、本当に困っていると言っていた。

その人は、入社4カ月になるが、仕事を覚えない。意図的に覚えないというよりは覚えられないという。

物事を習得するペースは人それぞれだが、職場なので悠長な事も言っていられない。よく聞くと大抵の人ならば覚えられる物事が、どうにも覚えられないようだ。

本気で覚える気がないのか、責任意識がとぼしいのかよくわからない。それとも別の原因かわからないと、知人はただただ困惑した顔である。

その知人は、一例として「予定ボード」の事を話してくれた。

知人の職場では、ひと月のスケジュールを予定ボード(ホワイトボード)に記入するそうだ。そして、情報が入れば次々に専用マーカーでその情報を書き込む。

そして月の15日が過ぎたらそれまでの予定を消して、翌月のスケジュール半月分を予定ボードに書き入れる。職場では、そのようなルールで回しているとのこと。

15日になった時、その覚えられない人は、その月の1日から14日までの予定を消した。

そこまでは良かった。

「でも、その後、何も書き入れないんです」

「書き入れないの?何も?」

「はい。しばらく見ていましたが、他の事を始めてしまいます」

知人がその人に「なぜ翌月の予定を書かないの?」と訊いても「はぁ…」と困った顔をするだけだという。

よく話を聞くと、その人には物事の連続性がなく、断片的に行動しているようだ。やったらやりっ放し、最後までやらない。でもその人の中では、ここまでで良いという理由がある。いや、理由というよりも、ふわっとした、掴みどころの無い感覚のようなものなのかもしれない。

同じ事を何度言っても忘れるので、知人はその人にその事を訊いた。

するとその人は、「記憶が脳に定着しないんです」と言ったそうだ。

確かに自分はぼーっとしているところは前からあるけれど、最近は、物忘れが多くなり、自分でも変だと思っていると話してくれたという。

計算ミスも多いので数字が苦手なようだ。でも仕事なので苦手では済まされない。実際の作業そのものはそれほど複雑なものではなく、エクセルの表に所定の数値を入力するだけのことで、ましてやセルには計算式が入っていると知人は言った。

でも、そもそもその表の意味や目的が理解できていないのか、毎回、間違えるそうだ。

知人の話を聞いている内に、それは何か変だというところで意見が一致した。つまり、脳に何か起きているのではないだろうかと考えるに到ったのである。

私が「若年性認知症かも…」と言うと、知人も頷いた。若年性認知症のチェックリスト項目を調べると、その初期症状の項目のほぼ全てが該当したからだ。

その人と同年代の知人は、念の為に脳の検査を勧めてみたが、「はぁ、そうですね・・・」と糠に釘の返事だったそうだ。自分で何か変だと自覚しながらも、次のステージである診察に踏み出せない、そして、ますます悪化してしまうという高齢者を私は数多く見てきた。まして、自分が認知症になるなどとは思えない年齢ならば尚の事、怖いし、腰も重くなることだろう。

4️⃣ 記憶ができない

今回のテーマでもある「記憶ができない」を考える時、私が以前高齢者施設で担当していたハナさん(仮名)

を思い出す。

ハナさんは、5分前の事も忘れてしまっていた。

短期記憶を脳に刻めないため、私と別れて10分後には、私の顔も忘れてしまう。

ついさっき、ふたりで楽しくお喋りをしたのに。

初めてその体験をした私は、あまりにも衝撃的でしばらく気分が滅入った。

だが、介護士の仕事でハナさんを担当したからこそ、私は、アルツハイマー型を患う叔母の症状を理解できる。

私にとって「忘れてしまう」ことは、実に儚い。

楽しい事も嬉しい事もあっという間に消えてしまい、記憶には何も残らない。

ハナさんと私が一緒に過ごした時間は、ハナさんの中には存在しなかったことになるが、その時間が在ったことは私にとっては事実である。

新しい記憶が刻めないハナさんのようについさっきの記憶すら流れて消えてしまう人と会う時、私の頭には、鴨長明の方丈記の冒頭「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず」この文が思い浮かぶ。儚さはいつも時間の川面を流れて行く。

「脳になにか問題が?」で書いたその人は、今も職場にいるという。

ただ、何度教えても覚えないのは相変わらずであり、それを本人が自覚しながらも、検査には行かない。いつまでそのような状態が続くのだろう。知人は何とかしてあげたいが、強く勧める訳にもいかずいまだに手をこまねいている。

日々、様々な人の短期記憶が消える場面に接すると、その度に不安が過る。

質の良い医療と手厚い福祉制度の中での救済が必要となるが、将来私達はそれらを受けられるのだろうか。

今、憲法を変えようという動きがある。

医療も福祉制度も、個人の人権を尊重する憲法の中で成り立っているが、そこを根底から変えるような事が起きると、皆が平等に医療も福祉も受けられないかもしれない。

私は、その危機感をとても強く抱いている。

個人の基本的人権、それだけはどうしても忘れられない、忘れてはいけないことだと思う。

写真:橘 世理


橘 世理(たちばなせり)

神奈川県生まれ。東京農業大学短期大学部醸造科卒。職業ライター。日本動物児童文学賞優秀賞受賞。児童書、児童向け学習書の執筆。女性誌、在日外国人向けの生活雑誌の取材記事、記事広告の執筆。福祉の分野では介護士として高齢者施設に勤務。高齢者向け公共施設にて施設管理、生活相談を行なう。父親の看護・介護は38年間に及んだ。