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福祉・介護のある風景(38)自宅でリハビリテーション~橘 世理

今年の春に整形外科病棟から退院した叔父は、脊椎の病気ということもあり、歩行困難が続き杖を突きながら生活を送っていた。

この状態なので元気な頃のようにまでとはいかないが、せめて八割程度までは回復できないものかと思っていた。そのためにはリハビリテーションを受けなければならないが、ひとりで通院するのは難しかった。

その時にケア・マネージャーが、訪問リハビリを勧めてくれた。リハビリテーションを受けたいとは言っていた叔父だが、気難しく変化を恐がるので素直に頷くとは思えなかった。そこでケア・マネージャーが訪問診療に来ていた医師に、「訪問リハビリを受けるように言ってください」とお願いしてくれた。

医師から言われれば頑固な叔父も了解するしかない。その作戦は上手く行き、叔父は訪問リハビリテーションを受けることになった。


『おお、歩けた!』

叔父は、入院、施設入所、再入院となった7カ月の間に、理学療法士によるリハビリテーションがいかに効果をもたらすかを知っていたので、期待をしていた。

ただ、この叔父は、期待をして裏切られた時のショックが大きいから、「期待半分」とよく言っていた。それは彼の人生経験から来た折り合いの付け方だった。訪問リハビリテーションにも最初はそう言っていた。

訪問リハビリテーションの初日、叔父は緊張していた。電動ベッドの布団を畳み、乱雑な部屋を彼なりに片付けていた。退院後、自分の身の周りは、やりっぱなしでゴミも片付けないことが多かったが、来客があるとなれば杖を突きながらでも掃除をした。それも良いリハビリになった。

訪問してくれたのは、作業療法士だった。すらっと背の高い若い方で、物腰柔らか、手際よく叔父の体を観て行った。

「腰に痛みが残ってるので、背中も緊張してますね」人間の体の筋肉のつくりを熟知しているので、的確にストレッチを行っていく。そして程良い筋トレで人生の目的を失ったかのような叔父の萎んだ筋肉に刺激を与えた。

「はい、立って歩いてみてください」。そう促された叔父は、杖無しで恐々歩き始めた。何にも頼らずに歩くのは8カ月振りだった。「おお、歩けた」。その時の感動が、変化に弱い叔父に自信を持たせた。

その後、叔父は、相変わらず杖を利用するものの、原付バイクに乗る練習を始めて、その2週間後には元気な頃のようにスーパーマーケットまで原付バイクで買い物へ行けるようになった。

リハビリは、自分次第と言われるが、仕事復帰を願う叔父の想いを、作業療法士が上手に向上させて、気力が出るように仕向けてくれたのだろう。

<器具を使い無理なく筋トレを行う>


『お母さんにも良いに違いない』

一時は、車椅子から立ち上がるにも介助が必要だった叔父の回復振りを見ていた私と夫は、これは歩行機能が落ちつつある母にも良いはずだと確信した。その時母は本人の希望で訪問マッサージを検討していたのだが、私たちは母を説得して訪問リハビリテーションへと一気に舵を切った。

マッサージも悪くはないが、私たちは、訪問リハビリテーションでマッサージ、歩行訓練や体の機能回復訓練を行い、生活の質を向上させていくことの方が、トイレも自分で行かれて、食事も自分一人で食べられるなど、母が自立した生活を少しでも長く続けていけることを期待したのだ。

私たちの説得を聞いた90歳の母は、「やってみなきゃわからないからやってみよう」と言ったが、これは前向きと言うよりも、私たちがせっかく考えてくれたからやらなきゃ悪いと思っての発言だったと私は思っている。

在宅介護の場合、認知症もなくしっかり会話もできる人は、自分の介護を担っている人たちに自分の意思を通そうとはしない事が多い。世話をしてもらっているので心苦しいという思いを抱えている。こちらもその気持ちを想像しながら、母には色々な事を提案するようにしている。

大事なのは、本人の意思だ。本当はやりたくないけれど周囲がそう言うから、悪いからやる。そのような場合は、上手く行かないこともある。

ただ、客観的に考え、これは明らかにやった方が効果的と思われる場合は、母がなんとなく気が進まなくても、「やってみなきゃわからないから」の母自身の言葉に乗り、「そうだよね、まずはやってみよう」と勧める。ここで肝心なキーワードがある。「嫌なら、すぐ止めようね」を必ず言うようにしている。訪問リハビリテーションの事も、母を説得をしながら「嫌なら、止めればいいんだから」と言った。

ケア・マネージャーを通して、訪問リハビリテーションの事業所との契約を結び、翌週には訪問の初日を迎えることとなった。来てくれたのは、背がすらりと高く、とても穏やかで優しい作業療法士さんだった。

母は、名前で呼ばれ、作業療法士さんとの会話も楽しそうだった。脚の浮腫みがあるため、浮腫み改善のストレッチやマッサージを施した初日の夜は、「脚が軽い」と喜んでいた。

週1回の訪問で、その第2回目からは、歩行器で外を歩き、歩行の様子を観て母に歩き方のアドバイスをするメニューも増えた。「歩き方も90歳とは思えませんね」と誉められると、母は満面の笑みで「そうかしら」と応じていた。人から誉められる時、母は大なり小なり幸せを感じる。

高齢となり、自分ひとりでは買い物へも行かれなくなった母には、このような小さな喜びを積み重ねて細く長く元気でいてもらいたい。

そのための努力をする私と夫は、「疲れたなぁ」と母のいないところで溜息をつくことも多いが、そうしながら何とかかんとか、毎日をこなしている。

訪問リハビリテーションを開始してひと月半が経ち、母の脚の浮腫みも以前よりも改善している。脚も上がるようになってきた。それにもまして作業療法士さんの来訪を楽しみにしているのが、一番良い。

作業療法士さんは、生活(入浴、食事、着替え等)をする上で困らないように体の機能を整え、無理なく向上を目指す。母にも「上衣はひとりで着られますか」など細かな動作を確認してくれるので本当に有り難い。

先週、作業療法士さんが所属する事業所の看護師さんが訪問し、母と初の面談をした。訪問リハビリテーションの率直な感想や効果を聞きにきたのだ。母はにこにことした顔で「とても優しい先生で、丁寧に色々と教えてくれます」と喜びの言葉を伝えていた。

90歳の母は、工場の経理員の名刺を持っているのだが、それを見せると、看護師さんは「私は55歳ですが、お母さんを目標にします。お母さんは70歳と言っても誰も疑わないと思います」と母に最高の賛辞を与えてくれた。母は嬉しさを隠さずに、笑い声を発していた。

リハビリテーションは、機能回復訓練の英語表現だが、母の心の機能まで回復させてくれるものなのだと、私と夫も喜んだのであった。

前回の記事では、訪問診療を取り上げました。今回の訪問リハビリテーションは、医療と並走するものなので訪問診療に続けて紹介しました。ご興味を持たれた方はぜひケア・マネージャーに相談してみてください。

前回の記事「福祉・介護のある風景(37)訪問診療に変えて楽になった

※訪問リハビリテーションは、理学療法士、作業療法士等の専門職が自宅を訪れ、

心身機能の回復や維持、生活動作の改善を行う。訪問看護の一環の位置づけのため、

定期的に看護師が自宅を訪問し、利用者の様子を記録する。

写真:橘 世理

橘 世理は、「SAMEJIMA TIMES 筆者同盟」にて福祉・介護のある風景を掲載中です。

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橘 世理(たちばなせり)

神奈川県生まれ。東京農業大学短期大学部醸造科卒。職業ライター。日本動物児童文学賞優秀賞受賞。児童書、児童向け学習書の執筆。女性誌、在日外国人向けの生活雑誌の取材記事、記事広告の執筆。福祉の分野では介護士として高齢者施設に勤務。高齢者向け公共施設にて施設管理、生活相談を行なう。父親の看護・介護は38年間に及んだ。