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菅首相が広島で読み飛ばした挨拶文原本に「のり」の痕跡はなかったーー大本営発表を垂れ流す政治報道に異議を唱える渾身の調査報道

菅政権の一年は、記者会見のあり方をはじめ政治報道への不信を増大させた。

菅義偉首相の好物である「パンケーキ」を過熱報道して権力者のイメージアップに一役買ったマスコミは、いまは岸田文雄・次期首相が家庭で食した「お好み焼き」を夢中で追いかけ、同じ過ちを繰り返している。

この一年、政治家も政治記者もほとんど成長しなかったのだろう。

マスコミが菅官邸の世論操作に利用されたと強く感じる一件があった。8月6日、菅首相が広島で開かれた平和記念式典であいさつの一部を読み飛ばした「事件」だ。

報道各社は首相周辺のオフレコ取材に基づいて「原稿を貼り合わせるのりがはみ出して紙同士がくっついて剥がれず、めくることができなかった」と報じた。

私は第一感で首相周辺のオフレコ説明を「怪しい」と思った。菅首相は当時、自民党総裁選をどう乗り切るかで頭がいっぱいだった。内閣支持率は続落し、自民党内では「菅おろし」が広がり始めていた。菅首相は公の場で目線が定まらず、心身ともに追い込まれているようにみえた。

「読み飛ばし」は首相の気力の衰えを浮き彫りにし、遠心力を一気に加速させかねない「事件」だった。そこで首相周辺が「のり原因説」を報道各社に流し、真実を誤魔化そうとしたと私は思ったのである。当時、以下の解説記事を出稿した。

菅首相の原稿読み飛ばしで首相周辺がオフレコで説明した「のり原因説」を垂れ流す政治報道の危うさ

その後、報道各社は「のり原因説」を垂れ流したままで、真相を追及した形跡はない。

政治報道はいつもこうである。私たちは政治報道を通じて、気づかないうちに権力の情報操作にのっかっていることがどれくらいあるのだろうか。

この「読み飛ばし事件」をしつこく追いかけているジャーナリストがいた。私から2ヶ月あとの今年7月に朝日新聞社を去った宮崎園子さんである。

宮崎さんの最終勤務地は広島だった。退社後も広島に残って小学生2人を育てながらジャーナリズム活動を続けている。退社直後に広島で発生した「読み飛ばし事件」を徹底的に追いかけてきた。

宮崎さんの「成功」のはじまりは、首相がこの式典で挨拶文を壇上に置いて自席に戻り、そのまま式典会場を離れたという事実をつかんだことだった。挨拶文原本は広島市が公文書として保管しているに違いないと考え、情報公開請求をしたのである。

狙いは的中した。この挨拶文原本を保管していた広島市は公文書に該当すると判断して開示したのだ。宮崎さんは9月下旬に広島市公文書館に駆けつけ、挨拶文原本を手にした。そして「のりの跡」をくまなく探した。のりが剥がれてくっついた痕跡をまったく見つけることができなかった。

執念の調査報道である。以下の記事なので、ぜひご覧いただきたい。

【総理の挨拶文】のり付着の痕跡は無かった(上)

さて、宮崎さんの調査報道を受けて、首相周辺が政治記者たちに流布した「のり原因説」をそのまま垂れ流したマスコミ各社はどう対応するのだろう。

ノリがくっついて剥がれなかったのが原因と報じたのは間違いでしたーーと訂正記事を出すのだろうか。いつものごとく「のりのせいと断定したわけではなく、のりが原因と説明した首相周辺の言葉を紹介しただけ」と言い繕って、そのまま放置するのだろうか。

たかがのり、されどのり、である。

このまま「なかったこと」にして「のり原因説」の報道を放置したら、政治報道への信頼はさらに崩れることだろう。マスコミは常日頃から国家権力による情報操作に利用されているだけだという不信感を増幅させることだろう。

オフレコ取材に頼る現在の政治取材は危うい。オフレコ取材はウソをつかれても責任を問えない。だからこそ政治家や官僚に公の場で責任を伴った説明を迫る記者会見を重視しなければならない。

官邸記者クラブの政治記者たちは「読み飛ばし事件」の報道を深く反省してほしい。そのうえで、要請したいことがある。菅首相が退任するまでに、記者会見やぶらさがり取材の場で、宮崎さんの調査報道をもとに、菅首相本人に対して直接「のり原因説」を厳しく追及してほしいのだ。

菅首相が「のり原因説」を自らの言葉で立証することなく、最後までウソをついたり、誤魔化したりすれば、内閣広報官の制止を振り切って「菅さん、最後くらい本当のことを話しましょうよ」と再質問でたたみかけてほしい。

たかがのり、されどのり。首相にしっかりと説明責任を果たさせる。それが政治報道の信頼回復に欠かせない道だ。官邸記者クラブの政治記者たちは、きちんとケジメをつけてほしい。

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