政治を斬る!

皇室典範改正が政局を変える――皇室に最も近い政治家・麻生太郎の狙いとは?

永田町でいま、静かに、しかし極めて大きな地殻変動が始まっている。

テーマは「皇室典範改正」。

一見すると、政争とは距離のある皇室制度の議論に見える。だが実際には、この問題が自民党内の権力闘争、中道再編、さらにはポスト高市をめぐる政局にまで直結し始めている。

その中心にいるのが、麻生太郎元首相だ。

5月21日、高市早苗首相を支援する議連「国力研究会」が初会合を開く。発起人には麻生系議員も並び、「高市vs麻生」で続いてきた緊張関係に変化が見え始めた。

今年に入り、高市首相は「麻生支配」からの脱却を進めてきた。

1月解散、消費税減税、衆院議長人事――。いずれも麻生氏の影響力を削ぐ動きだった。高市政権は高支持率を維持し、衆院選でも圧勝。党内では「来秋の総裁選で高市おろしは難しい」との空気が広がり、麻生氏も決定打を欠いた。

その結果、生まれたのが「政治休戦」だ。

4月以降、官邸では“メシ会”が相次ぐ。麻生氏との焼き魚ランチ、自民党議員たちとの夕食会、維新・藤田文武氏との中華会談――。露骨なまでの関係修復である。

背景には秋の党役員人事がある。

「基本は留任」「交代人事は麻生・高市で調整」という空気が広がりつつある。幹事長人事も含め、両者が“共同管理”に入る可能性すら取り沙汰されている。

だが、この休戦を本気で必要としているのは、むしろ麻生氏の側だろう。

理由は、皇室典範改正である。

麻生氏は、皇室に最も近い政治家の一人だ。実妹は三笠宮家に嫁ぎ、自身は大久保利通と吉田茂の血筋を引く。「国家」と「皇室」を強く意識してきた政治家である。

自民党内では2023年から「安定的な皇位継承の確保に関する懇談会」の会長を務める。いま、この問題に異様な熱量を見せている。

背景には、皇室の危機的状況がある。

現在の皇族数は16人。うち男性皇族はわずか5人しかいない。

皇位継承順位は、
秋篠宮さま、
悠仁さま、
常陸宮さま、
の順だ。

次世代の継承者は悠仁さましかいない。

しかも女性皇族は結婚すると皇籍を離脱する。愛子さまや佳子さまが結婚すれば、皇族数はさらに減少し、公務の維持すら困難になる。

この危機感を決定的に高めたのが、悠仁さまの成年だ。

2025年9月、悠仁さまは19歳で成年式を迎える。男性皇族の成年式は40年ぶり。永田町ではこのタイミングを境に、「皇位継承問題を先送りできない」という空気が一気に強まった。

もし悠仁さまに男子が生まれなければどうなるのか――。

これはもはや抽象論ではない。

麻生氏は4月16日の麻生派会合で、「今国会中に実現することが何より求められている」と明言した。

さらに保守派集会では、女性天皇・女系天皇に否定的な姿勢を鮮明にした。

ここが最大の核心だ。

今回の議論は、「女性皇族を残すか」だけでは終わらない。

女性皇族が結婚後も皇族身分を維持する案には、おおむね各党が賛成している。しかし問題は、その夫や子どもを皇族にするのかどうかだ。

もし男性配偶者や子どもに皇族資格を認めれば、将来的に「女系天皇」に道が開く可能性がある。

保守派が最も警戒しているのはそこだ。

そのため麻生氏らは、「男系男子」の維持に強くこだわる。そして浮上しているのが、旧宮家の男系男子を養子として皇籍復帰させる案である。

だが、これは極めて重い問題を含む。

旧宮家は1947年、GHQ占領下で皇籍離脱した。現在、その子孫は民間人として生きている。その人々を再び皇族に迎え、将来的には皇位継承資格を持たせることに、国民理解は得られるのか。

一方で、皇室の公務維持という現実的問題も待ったなしだ。

このため政府・国会は「対決法案」にしたくない。

憲法第一条は天皇を「日本国民統合の象徴」と定める。皇室制度は政争の具にすべきではない、という空気が強い。

4月15日には、1年ぶりに与野党協議が再開された。森英介衆院議長は「今国会中に皇室典範改正にこぎつけたい」と踏み込んだ。

ここで焦点になったのが、中道勢力の対応である。

自民、公明、維新、国民民主は比較的前向きだ。維新は旧宮家養子案を最優先。国民民主の玉木雄一郎代表も「一定の結論を得るべきだ」と語る。

だが、中道改革連合では党内対立が噴出した。

枝野幸男氏は中道が旧皇族の養子案に賛成する方向という報道について「嘘ですよね?間違いですよね?」と猛反発。西村智奈美氏、蓮舫氏も異論を唱えた。

一方、小川代表は「枝野氏の意見には耳を傾ける」としつつ、結論を急ぐ姿勢を崩していない。

理由は明白だ。

ここで皇室典範改正に強硬反対すれば、公明との連携が難しくなる。将来の連立構想にも打撃となる。

つまり皇室典範改正は、単なる制度論ではない。

「男系男子維持」を軸にした保守再編であり、中道の分裂要因であり、さらに麻生太郎の“最後の国家戦略”でもある。

その間、自民党内では高市・麻生の休戦が進む。維新は存在感を失い、中道は揺れ始めた。

皇室という「国家の根幹」をめぐる議論が、結果として永田町の権力地図そのものを塗り替え始めている。