「あの選挙は何だったのか」――。そんな疑問が、永田町で静かに広がり始めている。
今年2月の総選挙では、チームみらいを除くほぼすべての政党が、消費税減税を公約に掲げた。物価高に苦しむ家計への支援として、与党も野党も「減税」を競うように訴えたのである。
ところが、選挙からわずか2か月。与党からも野党からも、消費税減税を見直す発言が相次ぎ、減税ムードは急速にしぼみつつある。
最初に変化が目立ち始めたのは、国民民主党だ。
「手取りを増やす」というキャッチフレーズで支持を伸ばしてきた国民民主党は、年収の壁の引き上げやガソリン税の暫定税率廃止と並んで、「消費税一律5%への減税」を看板政策に掲げてきた。年収の壁やガソリン税については昨年末、高市政権と合意して実現したが、消費税減税については総選挙後、一転して見直し論が浮上している。
背景には、中東危機による物価高の加速がある。玉木雄一郎代表は「経済環境が変わった」と説明しているが、永田町では別の見方もある。総選挙で国民民主は期待されたほど議席を伸ばせず、目標の50議席に遠く届かなかった。党内では「消費税減税を前面に出したことが有権者に響かなかったのではないか」という声が出始めている。榛葉賀津也幹事長は政策全般の総点検を打ち出し、連立入りをにらんだ布石ではないかとの見方も出ている。
中道改革連合でも、同じような揺らぎが起きている。
総選挙では「食料品の消費税ゼロ」を掲げたが、惨敗後、党内では減税慎重論が勢いを増した。階猛幹事長は「恒久財源なしに恒久減税は難しい」と語り、代わりに給付付き税額控除の導入に言及した。これは旧立憲民主党時代からの主張であり、財務省が一貫して推してきた政策でもある。
つまり選挙中は減税ブームに乗ったものの、敗北後には本来の財政路線へ戻ろうとしているわけだ。
ただし、公約見直しへの批判は強く、小川淳也代表は「公約は重い」と火消しに追われた。減税をめぐる党内の温度差は、階氏に近い旧立憲系と、公明系の支持を受けて代表選に勝った小川氏の路線対立そのものを映し出している。
与党・自民党でも事情は複雑だ。
高市早苗首相は、総選挙で「食料品の消費税を2年間ゼロ」と打ち出した。もともと消費減税に前向きだった高市氏が、総裁選では麻生太郎元首相への配慮から封印していた持論を、選挙で復活させたのである。
しかし党内には反発が強い。特に慎重姿勢を鮮明にしているのが、小林鷹之政調会長だ。
小林氏は、減税の先に「給付付き税額控除」があるべきだと主張し、財務省寄りの姿勢をにじませる。背後には麻生氏や参院の石井準一幹事長の存在が取り沙汰されており、高市首相の減税路線をけん制する動きと受け止められている。消費税減税の見直し論は、単なる政策論争ではなく、「ポスト高市」をにらんだ権力闘争の一面を帯び始めている。
そして、消費税廃止の旗を最も早く掲げたれいわ新選組もまた、苦境にある。
山本太郎代表が2019年に掲げた消費税廃止は、その後の減税ブームの火付け役となった。しかし2月の総選挙は惨敗し、比例票も220万票も減らした。物価高が進むなかで、積極財政への不安が広がったことに加え、大石あきこ共同代表が主導する「過激左派路線」を無党派層が敬遠し、支持離れに拍車をかけた。消費税廃止を掲げてきた象徴的存在の失速は、消費税減税ブームそのものの失速を象徴しているようにも見える。
振り返れば、総選挙では与野党を問わず「減税」が合言葉だった。だが、選挙が終わると同時に、その熱気は急速に冷め始めた。
消費税減税は、本気の政策だったのか。
それとも、物価高に苦しむ有権者に向けた選挙用のメッセージにすぎなかったのか。
わずか2か月で始まった“減税公約の後退”は、日本政治の言葉の軽さをあらためて浮き彫りにしている。