高市早苗首相は、なぜ簗和生農相を更迭しないのか。
10月8日の参院代表質問で、高市首相は簗氏の発言について「不適切だと考えたので厳しく注意をした」と述べた。そのうえで、本人がしっかり説明し、襟を正して職責を全うするよう求めた。更迭ではなく、続投を選んだのである。
問題となったのは、選挙で自分への票が伸びなかった自治体の道路予算をカットしたと受け取れる簗氏の発言だ。国土交通省は予算配分に関する問い合わせがあったことを認めた一方、働きかけや圧力はなかったとの調査結果を示した。簗氏はこれを根拠に続投を表明しているが、疑問が解消されたとは言い難い。
高市首相は、なぜここまで簗氏を守るのか。そこには五つの政治的事情がある。
第一の理由は「一本釣り人事」だ。
高市首相は2026年2月の衆院選の応援演説で、簗氏を「私の大事な簗ちゃん」「私の知恵袋の簗ちゃん」と呼び、その存在の大きさを強調した。
簗氏は比例復活組であり、旧安倍派の裏金事件で政治資金収支報告書への不記載が問題となった議員でもある。今回の入閣は、派閥の推薦によるものではなく、高市首相自身が抜擢した人事だった。
その「子飼い」を更迭すれば、自分の人事判断の失敗を認めることになる。抜擢した閣僚を守れなければ、首相自身の求心力にも響く。高市首相にとって、簗氏の進退は自らの権威にかかわる問題なのだ。
第二の理由は、疑惑追及を耐え抜いてきた成功体験である。
高市政権は、閣僚や首相自身をめぐる批判に対し、簡単には更迭に踏み切らず、説明や反論を続ける姿勢をとってきた。
松本洋平文科相をめぐっては、週刊文春が既婚女性との不倫関係や議員会館での行為を報道した。松本氏は不倫関係を認めて謝罪した一方、議員会館での不適切な行為については否定し、高市首相は続投させた。
高市事務所をめぐるネガティブキャンペーン動画の疑惑や、カタログギフト、WBC観戦をめぐる批判もあった。政権側が批判を受けても、すぐに大きな政治的打撃につながらない経験を積んできたことは確かだろう。
疑惑は耐えれば風向きが変わる。追及する側が先に息切れする。高市首相がそうした展開を期待している可能性はある。
ただし、今回は高市支持層の内部でも、簗氏を擁護する声と更迭を求める声が分かれている。従来と同じ対応で乗り切れるとは限らない。
第三の理由は、自民党全体への飛び火を警戒していることだ。
選挙への協力と予算配分を結びつける発言は、簗氏だけの問題ではない。
自民党幹事長だった二階俊博氏も2019年、参院選への協力を求める場で「選挙を一生懸命頑張ったところに予算を付ける。休んでいるところは予算は休ませてもらう」と発言している。
選挙と公共事業予算をめぐる政治的な関係は、自民党にとって長年の問題だ。簗氏を切って幕引きを図れば、今度は「なぜ簗氏だけなのか」という疑問が浮上しかねない。
問題が長引けば、ほかの政治家の発言や予算配分の実態にも注目が集まる。自民党内には早期の火消しを望む声があっても、表立って高市首相に異論を唱えにくい事情があるのではないか。
第四の理由は、辞任ドミノへの警戒だ。
簗氏を更迭すれば、ほかの閣僚をめぐる問題にも追及が広がる可能性がある。
新たに入閣した中司宏規制改革担当相には、枚方市長時代の官製談合事件で有罪判決が確定した過去があり、元側近による現金受領をめぐる新たな疑惑も報じられている。中司氏は新たな疑惑を否定している。また、藤井比早之総務相についても、選挙運動員への報酬をめぐる公選法違反疑惑が報じられた。
これらは簗氏の問題とは内容も事実関係も異なり、疑惑が確定した事実であるかのように扱うことはできない。しかし、野党が臨時国会で複数の閣僚を追及する構図になれば、政権への打撃は大きくなる。
簗氏の更迭が、ほかの閣僚の責任問題を追及する突破口になる。高市首相がそう警戒していても不思議ではない。
第五の理由は、麻生太郎氏との主導権争いだ。
高市首相の政権運営を考えるうえで、見落とせないのが麻生氏との関係である。
高市首相は、自らの側近を要職に配置し、独自の政権基盤を築こうとしている。一方、麻生氏は自民党内で依然として大きな影響力を持つ。閣僚人事や国会運営、予算配分をめぐる主導権争いは、今後の政局を左右する。
高市首相が簗氏を更迭すれば、党内の批判に押し切られたと受け止められかねない。逆に守り抜けば、自らの人事を貫く姿勢を示せる。
ただし、強硬姿勢が裏目に出れば、政権の支持率を損なう危険もある。
最後にものをいうのは支持率だ。
高市首相が強気でいられる最大の背景は、高い内閣支持率と野党の弱さにある。支持率が高ければ、解散総選挙という選択肢をちらつかせ、党内の反対派を抑え込むこともできる。
しかし、簗問題をきっかけに支持率が急落すれば、解散カードの威力は弱まる。野党が結束し、国会で追及を続ければ、減税などの政策実現も難しくなりかねない。
麻生氏にとっては、高市首相の支持率低下が党内の主導権を取り戻す好機になる可能性がある。高市首相にとっては、支持率を維持し、麻生氏の影響力から自立することが課題となる。
簗氏を守ることは、単なる閣僚人事ではない。高市首相が自らの人事判断を貫けるのか、それとも党内の力学に屈するのか。その試金石なのである。