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朝日新聞前ソウル支局長「領収書の不正請求で処分」報道が映し出す「社内で吹き荒れるリストラの嵐」〜ついに特派員利権にもメス

朝日新聞前ソウル支局長だったK記者が助手たちに領収書を偽造させて経費請求したとして処分されたとデイリー新潮が報じている。

記事によると、K記者は経済部やソウル特派員、国際報道部デスクなどを歴任して2019年春にソウル支局長に着任し、支局で助手をしていた韓国人女性と再婚した。当時のソウル支局は支局長のほか、特派員記者1人と男女あわせて4人の韓国人助手がいた。K記者は助手たちに領収書を偽造させて80万円ほどを請求。社内調査に対して「取材先との会食で持ち出しが多く、埋め合わせのためにやってしまった」と釈明したが、会社は停職1カ月の処分を下したという。

私はK記者とかつて同じ職場で働いたことがある。朝日新聞の特派員事情や人事の裏側も知っている。

不正請求は確かに悪い。しかしこの背景には記者個人のモラルの問題にとどまらず、創業以来の大赤字に陥って社員を退社に追い込むリストラを強行している朝日新聞の惨状があることを指摘しておきたい。

デイリー新潮は今年2月にも朝日新聞の前ローマ支局長が多額の支局経費を私的流用していた疑惑をスクープしている。今回の記事でも「本誌(「週刊新潮」)が今年2月に報じたローマ支局に続き、またもや海外支局である」という一文が冒頭にある。相次ぐスクープの情報源は朝日新聞国際報道部が握る「特派員利権」を崩すための内部リークの可能性がある。

私が朝日新聞で政治部デスクや特別報道部デスクを務めた2010年〜14年当時も「特派員利権」に対する社内の不満はくすぶっていた。編集局幹部から聞いた話によると、特派員一人にかかる年間経費は平均して4000万円。海外に拠点を置いて取材するには出張費や助手らの人件費、会食・接待などの取材費は膨れ上がる。その特派員を世界各地に配置しているのだから経営的にも悩みの種なのは間違いない。

そうした「特派員利権」が守られてきたのは、歴代社長や編集担当役員の多くが特派員経験者だったからだ。

福島第一原発事故をめぐる2014年の「吉田調書報道」(詳しくは拙著『朝日新聞政治部』参照)で私を特別報道部デスクから解任した当時の木村伊量社長は、政治家に食い込むことを得意とする旧来型の敏腕記者として政治部長を歴任したが、ワシントン特派員やヨーロッパ総局長を務めた国際報道部のドンでもあり、「特派員利権」を擁護する立場だった。

木村社長を受け継いだ大阪社会部出身の渡辺雅隆社長は国際派とはほど遠い社内官僚タイプだったが、大阪社会部から国際報道部に異動して特派員になる人事ルートはかねてより充実しており、渡辺社長は大阪社会部出身の特派員経験者を重用した。世界各地の特派員は社長が外遊すると盛大にもてなし、社長を取り込んでいく。こうして彼もまた「特派員利権」に甘い社長だった。

現在の中村史郎社長も政治部出身の社内官僚タイプだが、北京特派員を経験して政治部長ではなく国際報道部長になった。私が当時の編集局幹部から聞いた話によると、中村氏は国際報道部長時代、編集担当役員から特派員を減らすミッションを与えられたものの、部内の反対を抑えきれず、成果をあげることができなかった。時は巡り、創業以来の大赤字を招いた渡辺社長に後継指名されて2021年に社長に。いよいよ追い詰められて今は全社のリストラの旗を振っている。皮肉なものだ(中村社長については『新聞記者やめます。あと61日!【朝日新聞社の新社長に就任する中村史郎さんって?】』参照)。

歴代社長は特派員利権に手をつけなかったが、背に腹は代えられず、中村社長はついに大ナタをふるう覚悟を決めたのかもしれない。ローマ支局長に続くソウル支局長の不祥事発覚と厳しい処分は、特派員削減を大胆に進める宣言とみていい。

特派員と並んで「国際報道部の利権」として社内で評判が悪かったのは、GLOBE編集部である。木村伊量元社長が2011年に初代編集長として「世界の中の日本」をテーマに立ち上げた月2回発行の別刷だ(2016年からは経費削減で月1回に)。

GLOBE編集部は国際報道畑の記者がほとんど。特派員から帰国した記者や、語学留学から帰国した特派員待機組がひしめく。巨額の予算をつぎ込んで記者を海外出張へ次々に送り出し、時間をかけて特集記事をつくるこの部署は国際報道畑の記者に人気が高い一方、社内では「海外旅行して楽しんでいるだけ」「巨額予算を使ってどれほど効果が出ているのか」と陰口を叩かれ、つねにリストラ対象の筆頭にあがってきた。それを歴代社長ら上層部は守り続けてきたのである。

実は私もこのGLOBE編集部に在籍した。私は政治部や特別報道部など国内取材に明け暮れ、特派員も語学留学も経験していない。その私が国際報道部の牙城であるGLOBE編集部に配属されたのは、ワケアリの事情だった。

私は吉田調査報道でデスクを解任され処分された後、記者職も解かれ、ビジネス部門の知的財産室に2年近く配属された(『新聞記者やめます。あと51日!【著作権との出会い〜「置かれた場所で咲きなさい」は本当だった】』参照)。私は編集局では「A級戦犯」扱いされ、針のムシロだった。

私に知的財産室行きの人事を言い渡したのは、当時の編集担当役員だった西村陽一氏である。西村氏は政治部長経験者であり、私もよく知る上司だった。一方で、ワシントンとモスクワの特派員を経験した国際報道部の重鎮でもあった。その西村氏が2年後、私を編集局(記者職)へ戻す第一歩として用意してくれたのがGLOBE編集部だったのである。

西村氏としては「親心」だったと思う。ワケアリの私を受け入れる「寛容」な部署は編集局に見当たらなかった。国際報道部の「縄張り」であるGLOBE編集部へ私を押し込んでくれたのだろう。

だが、私は記者職として完全に復帰したわけではなかった。引き続き「蟄居謹慎」状態だった。その証拠としてGLOBE編集部で私に与えられた仕事は、記者たちが海外取材で集めた膨大な量の動画や写真を管理・編集することや、社外のデザイン事務所などと制作工程を調整する進行管理など内勤業務だった。社外へ取材に向かう時間的余裕はほとんどなかったのである。

GLOBE編集部ではじめて垣間見た国際報道部の世界は実に高コスト体質だった。読み応えのある特集も時折あったものの、多くはこの程度の特集をつくるために長期間にわたって海外出張し、これほどの時間と費用をかける意味はあるのか疑問だった。費用対効果があまりに悪かったのである。

世間では評判の悪い政治部の取材現場でも会食代は自前だったし、取材環境ははるかに泥臭くハードだった。私はお門違いの国際報道の世界に接し、ここは新聞社でも最上位の特権階級だと強く感じた。

私は自分の人事異動が迫る時期になってようやく編集長から海外出張を打診された。部員のなかで私だけが海外出張せずに編集部を去っていくのは気まずかったのだろう。私はやんわりと断った。巨額予算を費消して海外出張を繰り返す文化に我が身を浸す気になれなかった。

K記者はこの時のGLOBE編集部で副編集長(デスク)を務めていた。彼はとにかくソウル支局長になりたがっていた。

国際報道部の記者は特派員として赴任できなければ活躍の舞台がない。だから他の部の記者よりも人事に敏感になる。上司に気に入られようとする傾向がとりわけ強く、決して盾つかない。特派員人事の多くは社内派閥力学や上司の好き嫌いで決まる。日本でじっと我慢して特派員として海外に飛び出せば、あとは自由奔放な世界が待っているのだ。

私にはとてもあわない世界だった。K記者にはそつなく立ち回って業務をこなす優秀さがあった。ほどなく国際報道部次長を経て希望通りにソウル支局長として赴任した。

つい国際報道部の話が長くなってしまったが、今回の不祥事発覚は国際報道部を狙い撃ちしたものではない。朝日新聞は今、全社を上げて45歳以上の記者の「不祥事」を徹底的に洗っているようだ。

創業以来の大赤字に陥った朝日新聞の経営陣がいま最も重視しているのは、スクープでも権力批判でもない。ひとりでも多くの社員を退職させるリストラである。退職金を水増しする早期退職制度をぶらさげる一方、記者職を外す人事や地方配属人事を次々に行い、希望退職を促す。

気骨のある記者ほど書籍の出版や他媒体への寄稿など社外活動を許可せず、ツイッターなどのSNS発信も厳しく監視・制約して「書く機会」を奪い上げ、独立・退職に追い込んでいくのである。

部長面接で「自分がこの会社に貢献できる部署はどこと思うのか」と問われ、希望を伝えると「その部署はあなたを必要としていない」と却下され、それ以外に貢献できると思う部署を提示させられるーーこのような部長面接が何回も繰り返されているという。

このような状況では、権力を揺さぶるスクープや厳しい権力追及の取材に腰を据える雰囲気は生まれない。すこしでも失敗したり、トラブルを起こしたりすれば、それを理由に記者職を解かれるばかりか、退社に追い込まれかねない。記者たちの多くは上司から睨まれて人事で飛ばされないように、ビクビクしながら仕事をしているのだ(詳しくは『自民党と統一教会の歪んだ関係を報じない朝日新聞の闇〜追い出し部屋行き人事に怯える朝日記者たち』参照)。

K記者の不祥事は早期退職の受付期間真っ只中に発覚した。これを目の当たりにした記者の中には「不祥事をあらさがしされて突きつけられ処分される前に早期退職を選んだ方がいいかも」と思う者も少なくなかろう。私のところにも「社外活動についていろいろ調べられている」と不安がる声が届いている。

会社上層部はなりふり構わず、一人でも多くの記者を退職に追い込もうとしている。その手法に容赦はない。これがリベラル界のリーダーを自負してきた朝日新聞社の現況である。

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