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ワクチン接種後の死亡について「因果関係は評価できない」を「因果関係はない」とねじ曲げて流布する厚労省とマスコミの共犯関係

モデルナの新型コロナウイルスワクチンから金属片が見つかり約160万回分の回収を進めている問題で、厚生労働省の専門家部会は、接種後に男性三人が死亡したこととワクチン接種との因果関係は現時点では情報不足で評価できないとする調査結果を公表した。厚労省は「現時点で接種体制に影響を与える重大な懸念は認められない」として引き続き接種を進める方針だとマスコミ各社は伝えている(参照:NHK報道)。

これは非常におかしい。

専門家部会はあくまでも「因果関係は情報不足で評価できない」と言っているにすぎず「因果関係はない」と判断したわけではない。正確に言うと「因果関係があるかないかはわからない」と判断しているのである。

ところが、厚労省は、この「因果関係は評価できない」を、あたかも「因果関係はない」という判断が専門家によって下されたと言うようにねじ曲げ、勝手に「安全」というお墨付きを得たかのように受け止め、接種を進めるというのだ。行政として極めて悪質な態度である。

今後、接種が原因で死亡したことが判明した場合、どうなるのだろう。専門家部会は「因果関係がないと判断したわけではなかった」と弁明するだろう。厚労省は「専門家部会が因果関係は評価できないと判断したので接種を進めた」と言い逃れるに違いない。つまり、最悪の事態が起きた場合、専門家部会も厚労省も責任逃れできるようになっているのだ。それぞれが責任を転嫁して、だれも責任をとらない行政。これほど国民を馬鹿にした無責任行政があるだろうか。

さらに悪質なのは、厚労省のコメントである。「現時点で接種体制に影響を与える重大な懸念は認められない」と言い逃れできる文言を二重三重に仕込んでいる。「現時点で」「重大な懸念は認められない」ということで、将来被害が発生した場合に「予期できなかった」と言い逃れできるように予防線をはっているのだ。

このような逃げ腰の厚労省の姿勢をみたら、まともなジャーナリストなら、信用しない。権力監視を旨とする報道機関なら、厚労省の見解を厳しく追及しなければならない。ところが、マスコミ各社は厚労省の説明を垂れ流すばかりで、「因果関係はない」という世論をつくってワクチン接種を進めたい厚労省に加担しているのだ。

このような国家権力と一体化したワクチン報道が、マスコミ不信を増幅させ、さらにはワクチンそのものへの不信感を拡大させて接種率を伸び悩ませる大きな原因になっていることに気づかないのだろうか。

ワクチン接種はいまや、菅政権が最優先課題に掲げる国策である。巨額の税金を投入している巨大国家プロジェクトである。ワクチンの効果をめぐる専門的解説とは別に、国家権力が推進する巨大事業として、マスコミは権力監視の立場からその公正さを徹底的に監視する責務を負っているはずだ。ワクチン利権をめぐって不正な取引がなされていないか、不都合な情報が隠蔽されていないのかを厳しく追及するのが報道機関の役割である。

マスコミは今回の「因果関係は評価できない」=「因果関係はない」と曲解する厚労省の姿勢について、なぜ厳しく追及しないのだろう。なぜそれを垂れ流すのだろう。まったくもって理解できない。厚労省記者クラブの記者たちは厚労省の官僚と一体化しているとしか思えない。マスコミのワクチン報道は国家権力の意向に沿ったものであり、今後もあまり信用しないほうがいいと、新聞社に27年勤務した私でさえ思う。

しかもワクチン担当相として接種を推進する先頭に立ってきた河野太郎氏は、現在進行中の自民党総裁選で本命視され、次期首相に最も近い政治家なのである。ワクチンの安全性への不信感を抑えることは、河野氏にとっては大きな政治的ポイントとなる。今回の「接種後の死亡」事案について情報を隠蔽する動機が政府側には十分にあるのだ。マスコミ各社は河野氏に総裁選の公約をただすだけではなく、今回のワクチン問題につい厳しく説明を迫るべきである。それこそ河野氏が首相にふさわしいか否かを見極める格好のテーマではないか。

常識的に考えるのなら、ワクチン接種と死亡の因果関係が不明で安全性を立証できないのなら、立証できるまで接種をとめるべきである。それをあいまいにしたまま接種を進めるのは、菅首相がワクチン接種の旗を振り、国策となっているからではないか。感染爆発が進むなかで「いまさらやめられない」という理由で東京五輪を強行開催したのとまるで同じ構図である。政権維持、支持率維持のために当面接種をやめられないと判断しているのなら、それこそ権力の私物化であり、権力者の都合で国民の命と健康を危険にさらしていることになる。

もうひとつ指摘しておきたいのは、ワクチン接種が国策である以上、因果関係の有無を立証する責任は、政府にあるということである。

ワクチン接種は政府が巨額の税金を投入して国民に対して接種を奨励している巨大国家プロジェクトだ。しかもワクチンパスポートを発行するしてワクチン接種者を優遇することまで検討している。もはや接種の有無は国民の自由意思に任されているというよりも、政府が接種したほうが有利になるような優遇策を用意して接種を促しているといえる。これでは第二のGOTOトラベルだ。税金の使途としてふさわしいのか。「中抜き」利権が潜んでいるのではないか。

そのような国策のワクチン接種に対し、安全性への疑念が生じたら、それを払拭するために安全性を立証する責任は政府にあるはずだ。立証できないのなら、接種を奨励することは許されない。

この「立証責任」について、私はここ数年、モリカケ桜をはじめ安倍晋三氏の疑惑に対する政府の姿勢に対して批判を重ねてきた。政府はつねに「〜という事実を示すエビデンスはない」「〜という事実は確認されていない」という論法で言い逃れしてきたのだ。

これは政府の「説明責任(アカウンタビリティー)」という先進国の民主主義の根幹的な考え方に反する。刑事事件の大原則は「疑わしきは罰せず」で「推定無罪」なのだが、民主社会における為政者の政治責任は「疑わしきは罰する」で「推定有罪」とするのが大原則なのだ。疑惑を突きつけられた為政者は自ら潔白を立証できない限り(つまり自力で政治的信用を回復できない限り)退場すべきというのが「説明責任」の本来の意味である。疑惑を根拠もなく否定することは説明責任を果たしたとは到底言えないのだ。

安倍氏をめぐる数々の疑惑で、政府側は自ら説明責任を果たさず、疑惑をうやむやにしてきた。これこそ民主主義社会の大原則に照らせば「自ら潔白を証明できなかった」ケースであり即刻退場なのだ。立証責任は為政者の側にあるのだ。

ところがマスコミ各社は自ら潔白を立証しない安倍氏らの責任をうやむやにしてきた。説明責任をはたすまで政治家として相手にしてはいけないのに、説明を逃れ続ける安倍氏をいつの間にか受け入れてしまった。その結果、安倍氏はいまだにキングメーカーとして自民党に君臨し、総裁選の勝敗にも絶大な影響力を握っている。

為政者の疑惑について立証責任の問題をうやむやにしてきたことが、ワクチン接種においても安全性の立証責任をうやむやにしたまま報道する今のマスコミの姿勢につながっている。報道機関は国家権力の側につねに立証責任を求める姿勢を取り戻してほしい。