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岸田首相が跡取り息子を首相秘書官に起用!内閣支持率が続落する逆風下の「身内登用人事」の真意とは?

岸田文雄首相への逆風が勢いを増している。

マスコミ各社が報じた内閣支持率は9月27日の安倍国葬後にさらに下落。なかでも政界に衝撃を与えたのは、政権寄りの読売新聞が10月1〜2日に実施した世論調査の結果だ。前月から5ポイント下がって45%となり、はじめて不支持が支持を逆転した。

岸田首相が10月3日召集の臨時国会で行なった所信表明演説も「具体性に欠けた」「元気がなかった」と酷評された。「安倍国葬でV字回復」を描いた岸田官邸のシナリオは完全に崩れたといっていい。

岸田首相は所信表明演説の翌日、自らの長男で公設秘書の翔太郎氏を首相秘書官(政務担当)に起用する人事を発令した。この縁故人事がまた岸田政権の評判を落としている。

大手商社から父親の公設秘書に転じた31歳。岸田首相は世襲3代目の政治家だが、翔太郎氏は4代目の跡取りとして広島の選挙地盤を受け継ぐ予定に違いない。

内閣支持率が続落して政権に逆風が吹き付ける最中に、跡取り息子を官邸へ呼び寄せた真意とは何か。

政治家が他者に本音を明かすことは滅多にない。相手が記者の場合はおろか、側近でも同様だ。誰かに何かを伝える際は「こう思ってほしい」という願望や「この本音だけは隠したい」という思惑から印象操作するために語る場合がほとんどである。

その政治家を取り巻く政治環境や過去の言動をもとに政治家の言葉を濾過し、本音を抽出する営為が政治報道だ。「話を聞くことが取材」という単純なものではない。話を鵜呑みにしたら利用されるだけである。

だが、今のテレビ新聞の政治報道は政治家の言葉を垂れ流すばかりで、濾過や抽出の作業を通じて政治家の言動を評価・認定するという営為を避けている。その結果、政治家の言葉の真意は読者に伝わらず、うわべのイメージだけで世論が動くという軽い政治が横行することになった。

本来の政治報道とはどうあるべきか。私の新刊『朝日新聞政治部』の第二章を中心に私の実体験に基づく反省を踏まえて詳しく記している。ぜひご覧ください。

話が脱線してしまった。きょうは支持率が続落する逆風下であえて跡取り息子を官邸に呼び寄せた岸田首相の胸中を覗いてみよう。

岸田官邸の政務担当は筆頭格の嶋田隆・元経産事務次官と岸田事務所から山本高義氏が務めてきた。このうち山本高義氏は岸田事務所に復帰し、入れ替わりで翔太郎氏が着任する。報道によると「首相官邸内の人事の活性化と岸田事務所との連携強化」が理由だという。

岸田首相は10月7日の参院本会議で長男起用について問われ、「休日、深夜を問わず発生する危機管理の迅速かつきめ細かい報告態勢、党との緊密な連携、ネット情報・SNS発信への対応など、諸要素を勘案し秘書官チームの即応性の観点から総合的に判断した」と説明した。

たしかに岸田官邸の秘書官チームは支持率続落のなかで右往左往し、機能不全に陥っていると指摘されていた。

遠慮なく動かすことのできる身内をそばに置いて体制を立て直したいという思いが岸田首相にあるのは想像できる。政界にはいまなお「身内」「血縁」を重視する文化が根強く残っているのだ。世襲政治家である岸田首相はなおさらだろう。

内閣支持率を引き上げるために、31歳の翔太郎氏の若い感覚でSNSでのイメージ戦略に力を入れる狙いもあるようだ。このところ首相官邸や岸田首相のSNSには「岸田外交」をアピールする動画や画像が急増している(あまり視聴回数は伸びていないのだが)。

あるいは小泉純一郎元首相の次男・進次郎氏が秘書時代から脚光を集めたように、岸田首相も翔太郎氏を官邸デビューさせ、世間の関心を引き寄せる狙いがあるのかもしれない。

だが、岸田首相が長男起用によるイメージアップ戦略が功を奏し、支持率が回復すると本気で期待しているとしたら、世間の感覚から大きくずれてしまったというほかない。

長男をそばに置く今回の人事は「身内びいき」の印象を強烈に与える。岸田首相にすっかり興醒めした国民世論はこの縁故人事に嫌悪感を抱くだけだろう。

さらに嶋田氏をはじめとする現秘書官チームの士気を下げる公算も大きい。「親分」である岸田首相に対する萎縮効果を生む恐れがある。長男が秘書官室にいたら、秘書官チームで「愚痴」をこぼすことも憚られるものだ。

いずれにせよ、支持率続落のなかで縁故人事に踏み切れば、人心が一層離れていくのは容易に想像できる。それでもなお長男起用に踏み切ったのはなぜだろう。

ひとつ考えられるのは、岸田首相が内閣支持率の続落によほど追い込まれており、議員宿舎で一緒に暮らしている息子をそばに置いて精神的な安定を取り戻したいということだ。これが事実なら、岸田首相は官邸内でもますます孤立感を深め、負のスパイラルに突入して政権崩壊への動きが加速する可能性がある。

もうひとつ考えられるのは、岸田首相は政権発足当初は「身内びいき」と陰口をたたかれるのを避けるために長男起用を避け、嶋田氏を中心に強力な官邸チームをつくろうとしたのだが、内閣支持率の続落で政権運営への自信を失い、長期政権への執念が薄れ、むしろ岸田家の将来に関心が移りつつあるということである。

このまま支持率低迷が続けば、第4派閥の領袖にすぎない岸田首相が2024年自民党総裁選で再選を果たすことは容易ではなく、不出馬に追い込まれる可能性は高い。それならば今から2年間、跡取り息子に首相官邸での仕事を経験させ、「首相秘書官」というキャリアの箔をつけ、首相勇退後に地盤を譲る準備を始めたというわけだ。

最後に考えられるのは、岸田首相が長男起用が逆効果になること自体に気づいていないことである。これが事実なら、政権は非常に危険な状態にある。周囲に苦言を呈する者もおらず、岸田首相は「裸の王様」へ一直線だろう。

世襲政治家である福田康夫氏は首相時代、やはり長男の達夫氏(前自民党総務会長)を首相秘書官に起用し、首相退陣後に地盤を譲った。「国家」よりも「家系」を優先するのは世襲政治家の常なのかもしれない。

いずれにしろ今回の人事は岸田首相が「引き際」を考え始めた傍証のひとつとして検証に値する。岸田首相はそのようなことを誰にも決して認めないだろうが、「話したこと」よりも「行なったこと」に重きを置いて政治家の真意を探るのが政治報道の鉄則である。

長男起用人事については、ユーチューブ動画でも詳しく解説したので、ご覧いただきたい。

岸田秘書官チームの筆頭格である嶋田氏は、安倍官邸を牛耳った今井尚哉氏と経産省の同期である。

主要省庁の局長クラスかその手前のクラスが務めるのが慣例の首相秘書官に事務次官経験者として異例となる起用だった。岸田首相は今井氏のように官邸内を強力にとりまとめることを期待したのだろう。

岸田首相が秘書官チームに物足りなさを感じているのは、長男起用人事からみて間違いない。満足しているのなら、今更そのチームへ長男を放り込んで波風を立てるような人事はしないからだ。

私は嶋田氏が故・与謝野馨氏が官房長官時代に秘書官を務めた際、官房長官番記者として取材した。嶋田氏は私の新刊『朝日新聞政治部』にも実名登場するが、いつ寝ているのかとおもうほど働くモーレツ官僚だ。今井氏とは違って各組織や担当者の領域に立ち入ることには慎重である。

今井氏は安倍官邸に批判的な官僚や記者を徹底的に遠ざけ、強権的なトップダウン型で安倍官邸の意向を押し付けるタイプだった。この手法で官僚や記者を震え上がらせ、安倍批判を封じ込めていた。嶋田氏はそのようなタイプではない。皮肉なことに、嶋田氏の「常識性」「温厚性」が岸田官邸への畏れを軽減させ、岸田批判を噴出させ、内閣支持率を低下させている側面は見逃せない。

このあたりも別のユーチューブ動画で解説しているので、ご覧ください。

31歳の長男を秘書官チームに引き入れたところで、今井氏のような強権的なトップダウン型に転換することは無理だろう。現時点では、この人事は岸田官邸の立て直しよりも、むしろ凋落を加速させる方向に働くのではないかと私はみている。

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