政界再編の目玉として誕生した新党「中道改革連合」が、重大な岐路に立たされている。
立憲民主党と公明党の衆院議員が合流し、今年2月の総選挙にあわせて旗揚げした中道は、本来なら総選挙後に参院議員や地方議員も加わり、さらに大きな勢力へ発展する構想だった。
しかし総選挙での惨敗を受けて計画は暗礁に乗り上げ、その後、中道党内では公明色が強まり、立憲は逆に左派色を強めるという、当初とは逆方向の動きが進んでいる。
そして今、公明は決断を迫っている。立憲に対し、7月17日の通常国会会期末までに中道への合流の意思を明確にするよう求めたのだ。
もし立憲が応じなければ、公明は中道との「先行合流」に踏み切る構えを見せている。
これは単なる合流問題ではない。中道という政党の性格そのものを変えてしまう可能性を秘めている。
現在、中道には衆院議員49人が所属し、その内訳は立憲出身21人、公明出身28人である。すでに公明出身者が多数派だ。
ここに公明の参院議員21人だけが加わればどうなるか。
公明出身議員は49人、立憲出身議員は21人となり、公明系が全体の約7割を占めることになる。
もはや「立憲と公明が対等に作った新党」ではない。
実質的には「新しい公明党」の誕生である。当然、立憲出身者の反発は避けられないだろう。
すでに総選挙で落選した旧立憲系議員の間では、中道からの離党者が相次ぎ、立憲へ復帰する動きも出ている。
島根1区で敗れた亀井亜紀子氏は、中道を離党して立憲へ復帰した。山口2区で敗れた元法相の平岡秀夫氏も、中道を離党して立憲へ戻る意向だ。
さらに注目されるのが枝野幸男氏だ。
立憲創設者である枝野氏は、中道が進める皇室制度改革をめぐる旧皇族男系男子養子案に強く反発してきた。現在は独自のネットワークづくりを進めており、中道への不信感は隠していない。
こうした動きは落選組だけの話ではない。
中道に所属する現職議員の中にも不満はくすぶる。
副代表の西村智奈美氏は立憲リベラル派の代表格として知られ、皇室問題でも中道執行部とは距離を置いてきた。もし公明との先行合流が実現すれば、現職組からも離党者が出る可能性は否定できない。
実際、中道執行部の「公明化」はすでに進んでいる。
象徴的なのが小川淳也代表の変化だ。
代表選では公明系議員の支持を受けて勝利したとみられ、その後は公明との関係を強化してきた。
女性天皇論については発言を撤回し、旧皇族男系男子養子案を容認する方向へ転換した。
憲法改正論議では参院の合区解消に賛成し、立憲に対しては「腰が引けている」と厳しく批判した。
5月の講演では、立憲単独で生き残る戦略があるのかと疑問を呈し、公明だけの先行合流についても「理論的にはあり得る」と発言している。
その発言からは、かつての仲間である立憲との合流を目指す立場よりも、公明との協調を重視する姿勢がにじみ出ている。
公明との距離の近さは、広報委員長の伊佐進一氏との関係にも表れている。
両者は動画対談で意気投合し、党のイメージ戦略や政党運営について率直に意見を交わした。
その中で小川氏は、与党として政権運営にかかわってきた公明出身議員が多数いることについて「ポジティブなこと」と評価している。中道の将来像を考えるうえで、非常に示唆的な発言だった。
一方で立憲は、ますます慎重姿勢を強めている。理由は単純だ。中道との合流では選挙に勝てないという認識が広がっているからである。
支持率は低迷し、政党としての存在感も十分とは言えない。
安全保障、原発、皇室制度など主要政策でも立憲と中道の距離は広がる一方だ。
現在の立憲代表である水岡俊一氏は、日教組出身のベテラン議員であり、外交・安保問題でもリベラル色の強い立場を取っている。政策面で見れば、中道との一体化は以前より難しくなっている。
こうしてみると、公明の先行合流は単なるスケジュール調整ではない。
それは三党合流構想そのものの断念を意味する可能性が高い。
中道は分裂し、旧立憲系は立憲へ戻る。
そして中道には公明系議員が残り、「新公明党」として再出発する。
その結果、政界地図も大きく変わるだろう。
中道が掲げた「政権交代を目指す中道改革路線」は事実上消滅する。
代わって浮上するのは、自民党との協調や大連立を視野に入れた新公明党である。
一方、立憲は左派色を強め、「確かな野党」を志向する方向へ進む。
かつて期待された二大政党制の夢は遠のき、再び多党化と再編の時代へ入ろうとしている。
公明党が突きつけた「会期末までの決断」は、単なる期限設定ではない。
それは中道という政党の運命、そして今後の政界再編の方向性を決める最後通告なのである。