国民民主党の連立入り論が再燃するなかで、永田町ではある変化が静かに進行している。
それは、立憲民主党と公明党の衆院議員が合流した新党「中道改革連合」の土台が崩れ始めていることだ。
これまで野党再編を支えてきた最大の軸は、連合だった。連合は結成以来、非自民・反共産の政治勢力の結集をめざし、自民党に対抗する野党第一党として、新進党や民主党を支援。民主党政権が崩壊して分裂した後は、立憲民主党と国民民主党を仲介する役割を担ってきた。
しかし、その構図がいま、大きく揺らいでいる。
象徴的だったのが、5月21日に連合が公表した組合員アンケートだ。その結果は、永田町に強い衝撃を与えた。
組合員が支持する政党のトップは国民民主党の26.8%。ここまでは予想の範囲内だった。だが問題は2位だった。自民党が15.5%で、立憲民主党や中道を上回ったのである。立憲は11.3%。さらに、中道はわずか4.6%にとどまったのだ。
比例代表の投票先でも、国民民主が38.8%でトップ。中道22%、自民19%がほぼ並ぶ形となった。さらに小選挙区では、自民党が29.6%でトップとなり、国民民主や中道を上回った。
この数字が意味するものは極めて重い。
連合執行部はこれまで、立憲と国民を「連携政党」と位置づけ、中道との協力も含めた野党共闘を模索してきた。ところが、足元の組合員たちは、もはやその方向を支持していない。
むしろ、「立憲より自民」「中道より国民」という空気が広がっているのである。
さらに見逃せないのは、国民と自民の距離感に対する抵抗感が、組合員の間で大きく薄れていることだ。
今年2月の衆院選では、国民は中道との選挙協力を拒否し、各地で対立候補を擁立した。連合内部には反発もあった。しかし、今回のアンケート結果を見る限り、現場組合員の多くは「反自民」よりも、「自民との連携(連立)による現実的な政策実現」を重視しているように見える。
つまり、「国民が自民と組むこと」への心理的ハードルが急速に下がっているのである。
そこへ、高市早苗首相と麻生太郎副総裁の和解が重なった。
麻生氏は国民民主との距離が近い。自民党内で連立拡大論が強まり、「国民民主を政権に加える」というシナリオが現実味を帯びるなかで、連合がこのタイミングでアンケート結果を公表した意味は小さくない。
永田町では、「連合も中道を見切り始めたのではないか」という見方が一気に広がった。
もちろん、連合執行部がただちに国民民主の連立入りを容認するとは限らない。だが少なくとも、「絶対反対」で押し切れる空気ではなくなっている。
これは、日本の野党政治にとって歴史的な転換点かもしれない。
そして、もうひとつ大きな変化が起きている。立憲民主党の左傾化だ。
現在、立憲を率いる水岡俊一参院議員は、日教組系の組織内議員として知られるリベラル左派である。
5月20日の党首討論では、中国やロシアに厳しい姿勢をとりながら「アメリカへの踏み込みが弱い」と政府を批判した。一方で、中道の小川淳也代表は、高市外交について「破壊力のある笑顔で各国首脳と渡り合っている」と評価した。
両者の違いは鮮明だった。
さらに水岡氏は、5月23日に立憲代表として初めて朝鮮総連大会に出席。続く26日には、辺野古の小型船事故をめぐる文科省対応を「教育基本法違反認定への政府介入だ」と強く批判した。
ここには、日教組系議員としての立場を前面に押し出す姿勢がはっきり表れている。
つまり立憲は、中道との距離を縮めるどころか、むしろ左派色を強める方向へ進んでいるのだ。
背景には、来年春の統一地方選、さらに再来年の参院選がある。地方組織や参院議員にはリベラル色の強い勢力が多く、水岡路線を支持する声が強まっている。
その流れを象徴したのが、5月15日の東京都連会長選だった。
野田元首相に近く、中道との連携にも前向きとみられていた蓮舫氏が、無名の市議に敗北する波乱が起きたのである。
これは単なる都連人事ではない。立憲内部で、「中道寄り路線」が明確に後退していることを示す出来事だった。
こうして見ると、政界の構図は大きく変わりつつある。
立憲は左へ向かう。国民民主は政権入りへ接近する。自民党は麻生氏を軸に挙党体制を固める。そして維新は埋没への危機感を強めている。
そのなかで、最も居場所を失っているのが中道だ。
本来、中道は「保守とリベラルをつなぐ橋」を目指していた。しかし現実には、立憲との距離は開き、国民民主との連携も崩れつつある。
左右から切り崩され、支持基盤も弱まるなかで、中道は完全孤立に向かっている。
そして、その崩壊の先に、新たな政界再編が始まろうとしているのかもしれない。