皇室典範改正が成立した。自民党のキングメーカー麻生太郎氏が主導した今回の改正は、「男系男子による皇統維持」を制度として固定化する試みとして歴史に刻まれるだろう。
しかし、成立した条文を丁寧に読むと、一つの奇妙な構造が浮かび上がる。皇位継承順位2位の悠仁親王殿下が、制度上は旧宮家の男系男子を養子に迎える「養親」の対象に含まれているのである。
ただし、その資格は永続的ではない。悠仁さまが将来、皇位継承順位1位となって「皇嗣」の地位に就いた瞬間、養親となる資格を失う。つまり、悠仁さまには「期限付きの養親資格」が与えられていることになる。
なぜ、こんな制度設計になったのか。
政府は国会で「そのような事態は想定していない」と説明した。だが、法律に書かれた以上、「想定していない」で済む話ではない。仮に悠仁さまご本人が皇嗣になる前に養子縁組を望まれた場合、誰が、どのような基準で判断するのか。最終的には皇室会議が議論し、天皇の意向も無視できないだろう。
ここに、立法者たちの計算と現実との間のずれが見える。
今回の改正をめぐっては、「愛子天皇への道を閉ざした」という批判が強い。さらに一部では、「旧宮家の男系男子を皇統の中心に据え直すことで、天皇家から皇統を移そうとしているのではないか」という見方まで出ている。
私はこれまで、養子を受け入れる「養親」の本命として、麻生氏の姪であり、三笠宮家を受け継いだ彬子女王に注目してきた。仮に彬子さまが旧宮家の男系男子を養子に迎え、その子に男子が生まれれば、その男子は将来の皇位継承資格を持つ。そうなれば、麻生家は代々、天皇の外戚として大きな影響力を持つ可能性がある。
だが、そこに立ちはだかるのが秋篠宮家の存在だ。
現実の皇位継承順位は、1位が秋篠宮さま、2位が悠仁さまである。この順位は、養子制度が導入されても変わらない。悠仁さまに男子が生まれれば、皇位はその系統から継承されていく。
問題は、悠仁さまに男子が生まれなかった場合だ。
そのとき初めて、「次の皇統をどこに求めるのか」という問いが現実のものとなる。旧宮家の男系男子を養子として迎え、その子孫へ皇位を継承する道が浮上するのである。
ここで視聴者から寄せられた疑問は鋭い。
「その時点で、悠仁さま自身が養子を迎えればよいのではないか」
実は、法律上は完全に否定できない。悠仁さまが皇嗣となる前であれば、条文上は養親資格を持っているからだ。
だからこそ、今回の改正の最大の謎は、「なぜ『皇位継承者』ではなく『皇嗣』だけを除外したのか」にある。
もし立法者が本当に皇位継承秩序への影響を避けたかったのなら、秋篠宮ご夫妻だけでなく、悠仁さまや常陸宮ご夫妻も除外するはずだった。しかし、そうはしなかった。
これは単なる法技術上の粗漏なのか。それとも、将来の選択肢を意図的に残したのか。
もう一つ注目すべきは、秋篠宮さまの沈黙である。
天皇陛下は今年6月、「国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでいる」と述べられた。改正案への一定の距離感をにじませた発言として受け止められている。
一方、秋篠宮さまは昨年、「どういう状況かを宮内庁のしかるべき人は理解していく必要がある」と語られた後、この問題についてほとんど発言していない。
だが、その沈黙は無関心を意味しないだろう。
秋篠宮さまにとって、最大の関心事は「悠仁さまの将来」であるはずだ。仮に旧宮家系統への継承が現実味を帯びるなら、それは悠仁さまの直系による皇統維持という秋篠宮家の願いと緊張関係を生む。
そう考えると、秋篠宮家には別の戦略があり得る。
すなわち、悠仁さまが皇嗣となる前に、必要ならば自ら養子を迎え入れることで、男系を秋篠宮系統の内部に取り込むというシナリオである。
もちろん、現時点でそのような動きがあるわけではない。政府も「想定していない」と繰り返している。だが、法律がその可能性を完全には閉ざしていない以上、「あり得ない」と断言することもできない。
皇室典範改正は、一見すると男系継承を固定化した単純な制度に見える。しかし実際には、「誰が養親となるのか」「いつ養子を迎えるのか」「その子孫に皇位継承資格をどう与えるのか」という複数の選択肢を残した、極めて流動的な制度である。
30年後の皇室を見通せる者は、誰もいない。
ただ一つ確かなのは、今回の改正によって皇位継承問題が解決したのではなく、むしろ新しい政治と皇室のゲームが始まったということだ。
そして、そのゲームの中心にいるのは、沈黙を守る秋篠宮さまと、まだ19歳の悠仁さまなのである。