「総理が予算委員会から消える」。
そんな国会の常識を覆す改革案が浮上している。総理大臣の委員会出席は原則不要とし、総理と野党党首との論戦は党首討論に集約する。民間シンクタンクの提言にすぎない段階だが、自民党国対委員長に抜擢された村井英樹氏がこれをXで紹介したことで、単なる民間提言では済まない空気が生まれている。
村井氏は「ご関心のある方にご覧いただければ」と慎重な説明にとどめている。だが、10月5日召集の臨時国会を前に、国会改革が自民党内で浮上していること自体は見逃せない。
なぜいまなのか。
ここで思い出すのが、8年前の高市早苗氏である。2018年、衆院議院運営委員長だった高市氏は、一般質疑を減らして政府提出法案の審議を優先することや、押しボタン式採決の導入などを打ち出した。しかし野党だけでなく、自民党の国対関係者からも反発を受け、最終的に謝罪・撤回に追い込まれた。
当時、高市氏の前に立ちはだかったのが、国対委員長だった森山裕氏である。
そして8年後、高市氏は総理大臣となり、国会運営を任せたのが、閣僚未経験で46歳の村井氏だ。2012年初当選の「安倍チルドレン」である。
この世代には一つ大きな特徴がある。自民党が野党だった時代を、国会議員として経験していないことだ。つまり、国会を「政府を追及する場所」としてではなく、「政府・与党が法案を成立させる場所」として見てきた議員が多い。
その2012年組が、いま高市政権の中枢に集まり始めている。小林鷹之氏が政調会長、村井氏が国対委員長。藤井比早之氏、井林辰憲氏らも閣僚に就いた。
これは単なる世代交代ではない。国会観そのものの交代である。
もちろん、総理の国会出席を減らすことには合理性もある。外交や危機管理、政策立案に総理の時間を振り向け、党首同士の政策論争を充実させるという考え方には一理ある。
問題は、その前提となる「党首討論」が本当に機能するのかである。
現在の野党は細分化されている。総理へのスキャンダル追及も政策論争も、誰が中心になって担うのかが明確ではない。総理の予算委員会出席を減らすなら、その分だけ党首討論に十分な時間を確保し、野党党首が総理と真正面から論戦できる仕組みが必要になる。
さもなければ、「総理の時間を守る改革」が、結果として「総理への国会追及を減らす改革」になりかねない。
そして、もう一つ大きな変化がある。
これは森山氏や安住淳氏らが築いてきた「国対政治」との決別でもある。
かつて国対委員長は、野党とのパイプを使い、審議日程や採決、法案修正などを水面下で調整した。55年体制の国会は、表では激しく対立しながら、裏では国対同士が妥協点を探る政治でもあった。
村井氏の改革が進めば、その政治文化が変わる可能性がある。
「国会で与野党が裏で折り合う」のではなく、「選挙で民意を得た政党が政策を実行し、対立は党首討論と選挙で決着させる」。
それは国対政治の終焉であり、選挙一本勝負の政治への転換でもある。
ただし、忘れてはいけない。いま改革を進めようとしている2012年組が、永遠に与党でいられる保証はない。野党を経験したことのない議員が、「もし自分たちが野党になったら、この国会改革をどう見るのか」。そこまで考えた制度設計でなければ、改革は単なる「与党に都合のいい国会改革」に終わる。
8年前に高市氏が挫折した国会改革。そのリベンジを担うのが、安倍チルドレンの村井氏なのか。
10月5日から始まる臨時国会は、法案の審議だけでなく、国会そのもののルールをめぐる新旧世代の攻防にもなりそうである。