高市政権を揺るがしかねない疑惑が浮上している。
昨年の自民党総裁選でライバルだった小泉進次郎氏や林芳正氏を標的にした「ネガティブキャンペーン動画」を、高市陣営関係者が作成・拡散していたのではないかという問題だ。
さらに今年の衆院選では中道系候補を標的にした動画も流されたとされ、週刊文春は高市陣営と動画作成側との接点を示す音声データを公開した。
高市首相はこれまで一貫して疑惑を否定してきた。単なる否定にとどまらず、「私も秘書も相手とは面識がない」とも言い切ってきた。
ところが、文春が公開した音声データでは、高市氏の秘書とされる人物と動画作成側とのウェブ会議のやり取りが収録されているーーと文春は報じている。
問題は、その真偽をめぐる高市首相の対応だった。
ちょうど国会では総額3兆円を超える補正予算案の審議が行われていた。予算の97%は予備費であり、使途を事前に細かく特定しないまま政府の裁量に委ねる異例の内容である。
中道の小川淳也代表(立憲出身)は「高市内閣への白紙委任だ」と批判した。
その予算審議の場で、中道の伊佐進一議員(公明出身)がネガキャン動画問題を追及した。
事前通告で音声データの確認を求めていたにもかかわらず、高市首相は「有料記事だったため確認できなかった」と答弁。有料会員にならなければ音声を聞けないことを理由に、自ら確認することを見送ったというのである。
この答弁はかえって疑惑を深める結果となった。
伊佐氏は国会審議の場で「私が持っていますから聞いてください」とまで提案した。しかし、自民党の坂本哲志委員長は応じず、そのまま審議は続行された。
結果として、音声の真偽が十分検証されないまま補正予算案は衆院を通過したのである。
翌日の参院審議で、高市首相は一転し、中道側から提供された音声を確認したと説明した。
世論の批判を浴びたうえ、文春が音声の無料公開に踏み切れば、拒否する理由を失うことに危機感を募らせたのだろう。
今度は、新たな防衛線を張った。
「音声には違和感がある」
「秘書本人かどうか判断するのは難しい」
「他候補を批判する内容でもない」
つまり、「面識はない」という従来の説明から、「本人か判断できない」、さらには「内容に問題はない」という方向へと説明の重心が移っているのである。
政界ではこうした現象をしばしば「防衛ラインの後退」と呼ぶ。
最初は全面否定する。しかし新たな証拠が出るたびに説明を修正し、防御線を一歩ずつ下げていく。
もちろん高市首相側には反論もあるだろう。しかし少なくとも政治的には、疑惑が収束に向かっているというより、むしろ拡大している印象を与えている。
もっとも、この問題の本質はスキャンダルそのものではない。
注目すべきは、各党がこの問題にどう向き合ったかである。
もし与党が2月の衆院選前のように過半数を割っていたら、参考人招致や証人喚問を求める声が強まり、国会運営そのものが行き詰まった可能性が高い。
しかし2月の衆院選で自民は圧勝し、衆院の圧倒的多数を占めている。しかも、国民民主党やチームみらいは補正予算案に賛成し、参院でも事実上、過半数を回復している。高市氏の秘書の国会招致の実現は難しい状況だ。
もちろん補正予算に賛成したこと自体が問題だと言いたいわけではない。だが政局という観点から見れば、そこに大きな変化が見える。
国民民主党もチームみらいも、もはや単純な「野党」ではない。
与党と対決するよりも、政策ごとに協力する立場へと重心を移している。いわゆる「ゆ党」である。
国民民主党では連立参加論が再燃している。消費税減税をめぐる議論では、高市政権との接点を模索する動きも見える。一方、チームみらいも財政規律を重視する立場から、与党との距離を縮めている。
今回の補正予算への対応は、その流れを象徴する出来事だった。
疑惑が残る中でも予算成立を優先する。
これは政権交代を目指す野党の行動というより、政権運営への参加を意識した勢力の行動に近い。
高市首相のネガキャン動画疑惑は今後も続報が出る可能性がある。もし新たな証拠が示されれば、政権への打撃は避けられないだろう。
しかし、より大きな視点で見れば、この問題が映し出しているのは別の現実だ。
それは「野党が野党でなくなりつつある」ということだ。
ネガキャン動画疑惑の行方以上に、与党と野党の境界線が曖昧になっていく日本政治の変化こそが、今後の政局を左右する最大の焦点なのである。