自民党の麻生太郎副総裁が執念を燃やした皇室典範改正案が7月17日、ついに国会で成立した。これは単なる制度改正ではない。戦後日本の皇室制度をめぐる議論の中でも、大きな転換点として歴史に刻まれるだろう。
旧宮家の男系男子を養子として皇族に復帰させるーー学界も官界もマスコミ界の反対一色となったこの改正案の最大の推進役となったのは、自民党のキングメーカー・麻生氏だった。85歳にして悲願を成し遂げた麻生氏は、まさに「政局では勝者」となった。
しかし、日本政治史を振り返れば、皇室問題で足元をすくわれて失脚した大物政治家は決して少なくない。皇室をめぐる制度改革は、国民感情を巻き込みながら、やがて政局そのものを揺るがしてきたのだ。
今回もまた、「麻生完全勝利」の先に、思わぬ落とし穴が待っている可能性は十分にある。
今回の改正は、「女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持できる制度」と、「旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎え入れる制度」の二本柱からなる。
政府は「皇族数の確保」が目的だと説明する。
しかし、国会審議を追えば、そこにはさらに大きな狙いが隠されているのは明らかだ。
木原稔官房長官は「養子本人には皇位継承資格はないが、その子どもは生まれながらの皇族であり、男子なら皇位継承資格を持つ」と明言した。
つまり今回の改正は、皇族数を補う制度変更にとどまらず、「将来の男系男子による皇位継承ルート」を新たに用意する制度でもある。
ここが、衆参正副議長がまとめた「皇族数確保」という議論から、一歩踏み込んだ点である。
愛子天皇論との関係もここにある。
制度上、愛子さまが天皇になるには、皇室典範そのものを改正し、女性天皇を認める必要がある。
今回、その改正は行われなかった。
一方で、新たな男系男子の皇位継承ルートが整備されたことで、「男系維持」という制度的方向性がより鮮明になったことは否定できない。その意味では、愛子天皇実現へのハードルが高くなったとみる見方には一定の根拠がある。
しかし、それは「愛子天皇が完全に消えた」という意味ではない。
皇室典範は法律であり、憲法ではない。
国会の多数が変われば、将来再び改正される可能性は制度上残されている。
むしろ今回の改正によって、「皇位継承をどう考えるのか」という議論そのものが、以前よりも大きく国民の前に提示されたともいえる。
さらに興味深いのは、「養親」の問題である。
養子を迎えられる可能性がある宮家には、三笠宮寬仁親王妃家の信子さま、三笠宮家の彬子さま、高円宮家などが含まれる。
信子さまは麻生氏の実妹であり、彬子さまは姪にあたる。
この血縁関係をめぐっては、参議院審議でも立憲民主党が「政治的思惑が介在しないのか」と質問した。
政府は「養子縁組は双方の自由意思による」と答弁したが、制度が政治から完全に切り離されて見られるかどうかは別問題だ。
仮に将来、養子を迎えた宮家から男子が生まれ、その人物が皇位継承資格を持つことになれば、「誰が養親となったのか」「そこに政治的影響はなかったのか」という議論は避けられないだろう。
今回の改正は、その入り口を開いたのである。
麻生氏がここまで執念を燃やした背景にも注目が集まる。
今国会成立に強くこだわり、維新との調整にも自ら動き、「伏してお願いした」とまで伝えられた。
さらに、養子を15歳以上としたことについても、「すでに具体的な候補を念頭に置いていたのではないか」との見方まで飛び交う。
もちろん、そのような見方を裏付ける公的事実は現時点で示されていない。
しかし、それほどまでに政治的エネルギーが投入されたこと自体は、多くの関係者に強い印象を残した。
一方で、麻生氏が手にした勝利は、今後そのまま政治的資産になるとは限らない。
皇室問題は、制度論だけでは終わらない。
国民感情、歴史観、そして象徴天皇制への考え方が複雑に絡み合う。
養子となる人物には、想像を超える重圧がかかるだろう。家系図による血統確認だけで十分なのかという議論も起こるかもしれない。
宮家同士の関係や、皇統がどの宮家へ移るのかという問題も、新たな論争を呼ぶ可能性がある。
そして、その政治的責任は、この制度を主導した麻生氏へ集中することになる。
日本の近代史にも、皇室問題によって政治生命を絶たれたキングメーカーがいた。
元老・山縣有朋である。「宮中某重大事件」で皇太子妃人事に介入した山縣は、大きな反発を招き、政治的影響力を急速に失っていった。
歴史は同じようには繰り返さない。
しかし、「皇室問題はキングメーカーを試す」という点では、今も変わらないのではないか。
麻生太郎氏は、今回の改正で間違いなく政局には勝った。
しかし、本当の勝負はこれから始まる。
この制度が国民の理解を得て定着するのか。
それとも、新たな皇位継承論争を呼び起こし、「愛子天皇」をめぐる議論をむしろ活発化させるのか。
今回の皇室典範改正は、ゴールではない。
日本の皇室の未来をめぐる、新たな政治の幕開けなのである。