「簗農相は辞めない」。10月7日、簗和生農相は4度目の記者会見で続投を表明した。
発端は、今年5月に自民党支部の会合で語った「道路予算を大幅カットした」という発言である。那須烏山市は64%減、那珂川町は54%減と具体的な数字を挙げ、「自民党の国会議員はいらないという行動を取った」とまで語っていた。
問題は、この発言が単なる選挙後の強がりだったのか、それとも実際の予算配分に政治的な働きかけがあったのかである。
国土交通省の調査で、簗氏が2月中旬ごろ、衆院選後の予算配分決定前に、この2市町の道路予算について問い合わせていたことが判明した。国交省側は「働きかけや圧力はなかったと思う」と説明したが、その根拠となるやり取りについては「細かいメモがなく、はっきり覚えていない」としている。
ここが今回の核心である。
簗氏は10月7日、「私から国交省に働きかけがなかったことが確認された」と強調した。しかし、国交省の表現は「なかった」ではなく「なかったと思う」である。しかも簗氏自身も、誰から頼まれたのか、具体的に何を聞かれたのか、2月のいつだったのかについて明確な記録を示せていない。本人は「地元の支持者から関心の声があったので確認した」と説明している。
一方で、予算配分の数字を見ると、2市町の自治体事業は大きく減ったものの、県事業を含めた想定国費では那須烏山市が前年比20.5%増、那珂川町が22.0%増だった。つまり「2市町の予算を削った」という一枚岩の構図でもない。だからこそ、実際に何が起きたのかを確認するには、簗氏と国交省側の具体的なやり取りを明らかにする必要がある。
そして、もう一つ見逃せないのが高市首相との関係である。
2月6日の衆院選で簗氏の応援に入った高市首相は、「私の大事な簗ちゃん」「私の知恵袋の簗ちゃん」と語った。
その簗氏を高市首相は初入閣させ、今回も続投させている。10月7日の代表質問では、予算配分について「政治的な支持、不支持を持ち込まないのは当然」と答え、「適切な予算の配分を徹底する」と述べた。
ならば、問われるのは簗氏個人の進退だけではない。
「私の知恵袋」とまで評価した政治家が、予算配分をめぐってこれだけの疑念を招いた。その説明をどこまで高市首相が引き受けるのか。さらに、道路予算という自民党政治の核心部分に、政治家の働きかけがどこまで入り得るのか。
臨時国会では、ここを曖昧なまま終わらせないことが重要である。簗氏が本当に単なる「問い合わせ」をしただけだったのか。それとも、その問い合わせ自体に政治的な意味があったのか。
国交省の「なかったと思う」だけでは、まだ疑問は残っている。