母(90歳と9カ月)が、「テレビばかり観てると馬鹿になる」と言い出した。数字に強い母は90歳になっても親戚の事務所で経理事務を担当していたので、何もしなくなった日々に手持無沙汰を感じていた。
そうかといってすたすたと歩くこともできないので、ひとりで自由に外へ出ることもままならない。結局、部屋ではテレビをつけ、ついていない時は昼寝をするという生活パターンになってしまった。テレビをつけていても、母は楽しんで観ているわけでもない。やる事がなくなってしまった90歳に残ったのが、テレビだった。
メリハリの無い日はたまにあっても良いが、それが長く続くと脳が活性化しなくなる。それを考えるとデイサービスへ行かない日の過ごし方が、今後の鍵になると思った。母の在宅介護では、認知機能の低下を防止するのが目下の目標だ。
『今日は何曜日?』
暦には、過ぎた日に「×」を付けているので、「×」印の翌日を見れば今日が何日かわかるのに、「今日は何曜日?」と母は言う。それは単なる口癖になってしまったのかと思ったが、そうでもない。
これまで経理事務員として親族の事務所で伝票計算をしていた人が、仕事を辞めた途端にこうなるとは、思ってもいなかった。これが90歳ということか。そう実感した。
「今日は何日だっけ?」「今日は何曜日だった?」朝から昼を過ぎるまで、この質問を何度かする。「お母さん、カレンダー見てね、×印の翌日が今日でしょう」と言うと、カレンダーを凝視し、〇〇日、と答える。年相応の衰えはあるものの、自信を持って答えるのでまだ大丈夫だ。この状態をできる限り保つしかない。
春に受けた長谷川式の認知症検査では、認知症ではないという結果が出たけれど、「今日は、何日だっけ?」の脳の状態を放置すれば、坂道を転げ落ちるように認知機能が低下する!と私と夫は慌てた。
『お母さん、書いて、書いて』
記憶を定着させるにはどうすればいいのだろうか。脳を活性化させるには何をすればいいのか。夫は「書くこと」と即答した。経理事務をやってきた事もあり、母は書く事が苦手ではない。友達への近況も、相変わらず葉書で送るのだ。
90歳になり、書くという動作が難なくできる人は珍しい。母は、住所、氏名を筆圧衰えずにすらすら書くので驚かれる。その度に私は、「母は凄いんです」と人前で誉めることを忘れない。これが生きる張りになる。
「書くこと」、夫の言葉に背中を押された私は、文具箱の蓋を開けた。箱と呼んでいるが、実は衣装ケースなので、たくさんのあらゆる文具が押し合いへし合い入っている。その中でもレポート用紙、方眼用紙、ノート、ルーズリーフ等の紙類だけは別格だ、折れたり、汚れたりしないように文具たちの上に寝かせて置いている。
私は、青と白でデザインされ、「じゆうちょう」と平仮名書きされたノートを選んだ。ヤクルトレディさんからもらったヤクルト学習帳とどちらにしようか迷ったが、母はスワローズファンではないのでやめた。

食事のこと、デイサービスのことを書く
「今日は何曜日?」「今朝、何、食べたっけ?」と母が言う度に、「お母さん、ノートに書きましょう?」と言うようにした。書かないとボケると自覚しているのか、朝、昼、夕と食後に食べた物を書くようになった。やはり書くと覚えるので「今日のお昼は何食べた?」と訊くと答えてくれる。
最近は、今日の出来事も書くようになり、「じゆうちょう」のページは、埋まってきた。
デイサービスでやっているクロスワードパズルは、B4サイズだ。回答を記入するついでに、その余白に、昼食で提供されたお弁当の献立を書いていた。献立表から転記したものだが、「ヤングコーンと卵スープ」というふうにきちんと書いてある。「お母さん、身についてるね」と言うと、「だってあなたたちが訊くじゃないの」と嬉しそうだ。
忘れない、覚えられる、人に伝える、聞いてくれる人がいる。今のところ「書くこと」でこれらの事が失われる事なく続ている。認知症に抗うために、母は、日記を書いている。

日々の出来事も書いている
『さいんこさいんたんじぇんと』
「直角三角形」と母は言った。私は黙っていた。「直角三角形」だけでは何の事やらわからない。見当違いな事を言うと、母はすかさず突っ込んでくる。そういう時の頭はよく回る。
「さいんこさいんたんじぇんと、ふじさんろくにおーむなく」これは母がよく口する。70年以上前に授業で習ったものをそのまま唱えるのだ。だからと言って、sin cos tanが「直角三角形の辺の長さの比」という事はすっかり忘れている。でも、「直角三角形」と言うだけ素晴らしい。私は「直角三角形」は出てこない。
先日は、「ふじさんろくにおーむなく、これは何のことだ!」と母が急に言うので、「ルート2?」と答えると、「あなたは数学嫌いだったもんね」と憎らしい。ルート5でもルート2でも何でもいい。私の人生には無縁だったのだから。ちなみに「ふじさんろくにおーむなく」は、ルート5だ。
娘に平方根の問題を出す算数好きな90歳は、計算が好きだ。「あたしの頭の中には算盤がある」と自負するほど、暗算ができる。「今日は何曜日だっけ?」と言い出してから、「脳トレ計算ドリル」をやる時間が増えた。母本人もあたしは惚けるかもしれないという不安に駆られているのだろうか。
計算だけは誰にも負けない。この気持ちは、母の最後の砦らしく、どうしても死守したいらしい。元々負けず嫌いなので、自分自身に負けるのが一番悔しいのだ。以前より、できない自分に対し「癪に障る」と怒りを露わにする時があり、頑張り過ぎてしまうこともある。
しかし今回は、その性格が幸いし、ぼやけてしまう脳のピントを合わせようと努力をしている。90歳の地道な闘いだ。
『食後、認知症に抗う』
「食前の薬飲んだっけ?」食事が終わり、食後の薬を飲むときになりそのような事を訊くのだ。飲んだ事を忘れてしまうが、これは年相応のこと。そう思い、「飲みましたよ」と返事をする。
私は、認知症と年相応の物忘れを混同しないようにしているが、物忘れは、認知症の入口という事も頭に入れ、少しの変化も見逃さないようにしている。
さて、食事が終わると母は、「じゆうちょう」を開き、ペンを持つ。早速「あれ?何食べたっけ?」が始まる。私はにやにや笑いながら見ている。自力で思い出してもらうためだ。心の中では、食べた物を思い出して、記憶へ定着させましょうとエールを送る。
母があまりにも困っている時はヒントを言う。ヒントをきっかけに母は真顔でノートを見つめ書きだす。すらすらと書き出すので、加齢に因る物忘れだろう。
仕事で認知症の方々と接していると、いつも「仕方がない」と溜息をつく。溜息をつくことで治らない症状に白旗を挙げていないつもりになっている。
短期記憶が脳に定着しない人が、私と別れて10分後には、施設の廊下で私を探していた。私に会い、「さっき一緒に会社へ行った人を探している」と言うのだ。その人は、会社へ行ったつもりになっている。「それは私です」と言っても、「違うわよ、何を言っているの」と怒り出す。それが認知症だ。
私は、母が日記をつける事で認知症を完全に回避できるとは思っていない。しかし、書くことで、日々のマンネリ化を防ぎ、刺激を得られることは間違いはないと思っている。認知症を避けられなかったとしても、その日を少しでも遅らせることができるなら、母の「書く」という行為は、無駄ではない。
お母さん、脳を鍛えよ、抗え、抗え、私は母へ応援旗を大きく降る。

橘 世理(たちばなせり)
神奈川県生まれ。東京農業大学短期大学部醸造科卒。職業ライター。日本動物児童文学賞優秀賞受賞。児童書、児童向け学習書の執筆。女性誌、在日外国人向けの生活雑誌の取材記事、記事広告の執筆。福祉の分野では介護士として高齢者施設に勤務。高齢者向け公共施設にて施設管理、生活相談を行なう。父親の看護・介護は38年間に及んだ。