コロナ禍で失業や廃業が相次いで庶民の暮らしは苦しくなる一方なのに、株価ばかりが上がっていく。感染拡大への懸念から一時的に下落しても、政府がすぐに財政・金融対策を打ち、その資金が株式市場に吸い上げられ、株価は再び上がっていく。コロナ対策を口実にした政府の経済政策が貧富の格差をますます拡大させている。あまりに理不尽だ。
そうした考えをこのホームページやツイートで繰り返し表明してきたところ、知人の研究者から興味深い指摘をいただいた。以下、かいつまんで紹介したい。
「株価が上がることは悪いことではないんです。株価と競争関係にあるのは、通貨の価値です。株価が上がるということは通貨の価値が下がるということ。つまり、株を所有している人が株価上昇で得をすると、株を所有しないで預貯金で保有している人は気づかぬうちに損をしている。逆に株価が下落すると、株を所有している人は損をし、預貯金で保有している人は相対的に得をするんです。つまり、株価が上がろうが下がろうが、相対的に誰かが得をし、誰かが損をしている。経済とはそういうものです」
ここまでは私もなんとなく理解してきたつもりであった。彼はさらに続けた。
「では、株価の上昇と下落のどちらが格差是正に効果があるか。答えは、株価上昇です。どんなに裕福な人でも株に投資せず預貯金で保有していたら、株価上昇局面では相対的に資産が目減りします。一方、裕福ではない人はどうでしょう。わずかの資産を現金として持っていたところで、通貨の価値が多少上がってもメリットはほとんど感じません。これに対し、わずかでも株に投資していたら、株価上昇のメリットを大きく受けるチャンスがあります。つまり、株価が上昇しないデフレは何もしないで守り続ける既得権層に有利で、経済格差を固定させるのです。逆に株価が上昇するインフレは格差の固定化を打破し、下克上につながる可能性があるのです」
なるほど、半分理解した気分になるが、半分は腑に落ちない。たしかにデフレが格差を固定させるのは事実であろう。しかし株価上昇で巨額の富を手にする億万長者が続々と生まれている現実を間にあたりにすると、やはり疑問は残る。
「たしかに、そうですね。だから、所得の再分配が重要なんです。ベーシックインカムの導入論は今後強まってくるでしょう」
彼との議論はここで終わった。私はこの議論にとても本質的な問題が潜んでいるとおもい、ずっと考えて込んできた。そして経済学の本質というものにすこし触れた気がした。
人間社会に富を与えるもの、それは古来から土地であった。土地を奪い合い、分け与えるのが人類の歴史であったといえるかもしれない。為政者はいつの時代も新しい土地を次々に開拓し、それを貧しい人々に分配して不満を抑え、貧富の格差を調整してきた。世界史でいえば「新大陸発見」、日本史で言えば「北海道開拓」がわかりやすい例である。
既得権を持つ富裕層からすれば、自分たちが所有する土地を「収奪」されたり「課税」されたりして富を直接吸い上げられるよりも、国家が新しく開拓した土地を貧しい人々に分配する方が抵抗感は少ない。しかし、実際には新しい土地が開拓され貧しい人々に分配されたことで、彼らの所有する従来の土地の相対的価値は気付かぬうちに下落したのだった。経済学の基本は「誰かが得をすれば誰かが損をする」のである。それでもなお貧しい人々の格差社会への不満が鬱積して爆発した時、実力で土地を奪い取る事態に発展する。それが戦争や革命だ。戦後日本の「農地開放」もその一例といえるかもしれない。そうした戦争や革命を事前に防ぐために「富の再分配」は絶対に必要なのである。
グローバル化が進む現代の資本主義社会で「土地」以上にそうした役割を担うようになったのが「株」であろう。代々の資産家にとっては、株価など上がらず「通貨の価値」が維持された方が、何もしなくても相対的優位を守ることができるのである。逆に株価が上昇すれば、一時的に彼らに利益がもたらされたようにみえたとしても、投資など新たな手を打ち続けなければ資産価値は相対的に目減りし、より積極的に投資する新しい勢力が台頭して「資産家」「富裕層」の座を取って代わられるかもしれないのだ。
こう考えると、株価上昇は格差是正の推進力になるという主張に説得力はある。少なくとも保有する預貯金(現金)の量で経済格差が固定するデフレ経済よりはマシであろう。問題は、株価上昇が生み出す「富」が貧しい人々に分配されていないことだ。株価上昇による利益を享受しているのが大企業や富裕層に限られている現状が間違っているのだ。
「株価が上がれば経済政策は成功」というのは間違いである。誰もが得をする経済政策など存在しない。どんな経済政策を打っても誰かが得をし誰かが損をするのである。経済政策がもっとも追求すべきは「株価上昇」でも「経済成長率」でもない。「どのようにして富を分配し、公正・公平な社会を実現するのか」ということだ。最も追求すべきは「富の再分配」なのである。
まずは金融所得や金融資産への課税を強化し、それを貧しい人々へ再分配することが絶対に不可欠だ。再分配のやり方については、ベーシックインカムにような最低所得保障のかたちにするか、住居や医療・介護・教育などのサービスを保障するかたちにするかなど、さまざまな議論があろう。そうした議論はすでに始まっている。
さらにひとつ私が大胆に提案してみたいのは、人類が土地を開拓して貧しい人々に分配してきたように、資本主義がより複雑に進化した現代においては、政府保有の株を自己資金で株を購入できない貧しい人に分配したり、または大企業保有の株を雇用が不安定な非正規従業員に分配したりすることで、富の再分配を実現できないのかということである。そうして貧しい人々が株価上昇を期待するようになれば(つまり株価のニュースが大企業や富裕層にだけ関心のあるものでなくなれば)経済政策のかたちも、民主主義のあり方も、大きく変わってくるのではないか。
私は経済学の素人なので、以上は思いつきに過ぎず、基本認識のあやまりがあるかもしれないが、コロナ禍における異様な株価上昇に一石を投じるつもりで、あえて提案させていただいた。経済学に詳しい方々のご見解をお待ちしています。