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新聞記者やめます。あと39日!【「趣味」が「労働」を凌駕する時代〜AIは「仕事」だけでなく「肩書」も奪う】

人工知能(AI)やロボットが飛躍的に進化し、人間の仕事は急速に失われていく。失われるのは単純労働の仕事だけではない。高学歴の人が高収入を得てきた職業も例外ではない。例えば、医師だ。

私は病院に行かなくなって久しい。きっかけは風邪をひいて近所の内科に行ったことだった。診察室に入り症状を訴えたのだが、医師は私の顔色をみることもなく、ひたすらパソコン画面と向き合い、私が話した内容をキーボードで打ち込んでいる。そして処方する薬を選び、それを私に告げ、最後まで脈をとることも聴診器をあてることもなく診察は終わったのだった。

私は、政治家の記者会見で質問することなく、ひたすらパソコンのキーボードを打つ新聞記者たちの姿を思い浮かべてしまった。とてもよく似ている。

それほど重い風邪ではなかった。同じような軽い風邪が流行っていたのかもしれない。私も薬をもらえばいいかという軽い気持ちであったのも事実だ。それにしても…。これなら病院に出向かなくてもオンライン診療で十分だし、診察自体が不要であると痛感したのだった。

医師も医師だが、私も私だ。「風邪気味になったら病院に行って薬をもらう」という習慣を当たり前のように受け入れてきたのである。日本中の至る所で同じような「診療」や「処方」が行われている。医療費がかさむのも当然だ。

私はこれをきっかけに余程の症状でなければ病院に行かないことにした。薬を飲むのも極力やめた。体調が悪い時は仕事を休んで家で寝ることにした。その後、デジタル化が進み、コロナ禍でオンライン診療も実現した。AIが飛躍的に進化し、あの程度の「診療」や「処方」ならAIで十分だという思いを強くしている。

風邪だけではない。不眠症や鬱でさえ、高いお金を払ってカウンセリングを受けるのではなく、AIを駆使したアプリの力を借りて改善を試みる人が増えている。布団のなかでノイズキャンセリングのイヤホンをつけて不眠症対策アプリの「おためし世界」に入ってみると、なるほど、深い眠りに吸い込まれていく。

いまや診療医師の価値はAIには代替できないこと、手のぬくもりや穏やかな声で決まる時代になったのではないか(それだって進化したアンドロイドは対応してくるかもしれないのだ!)。

そんな話を知人の弁護士にしたところ、「弁護士もAIに仕事を奪われる代表的な職業ですよ」という答えが返ってきた。

苦労して司法試験に合格し、司法修習を経た若手弁護士の多くは大手法律事務所に就職し、大企業の法律事務に関する大量の文書を読み込むことから実務をはじめる。ところが、こうした法律文書を読み込む仕事ほどAIが得意とする分野はない。大きな訴訟に向けて大量の若手弁護士を投入する「人海戦術」はAIの進化で過去の遺物になりつつあるのだ。

遺産相続や離婚訴訟など弁護士が手がけてきた仕事の多くもガイドラインに基づいて画一的に処理されることが多く、それなら確かにAIが代替できそうである。どんなに偏差値が高い人間が六法全書を丸暗記し、すべての判例を熟読したところで、AIには太刀打ちできない。ひとりひとりの依頼者にほんとうに親身になって向き合い人と人の温もりを大切にする仕事、AIには代替できない仕事が、これからの弁護士に期待される役割になるのではないか。

新聞記者もそうだ。記者会見や発表資料を垂れ流すだけならAIで十分である。今のAIは定型の記事ならあっという間に書ける。いまの政治部記者のように首相記者会見で「〜について、総理はどのように受け止めていらっしゃいますか」と尋ねるくらいなら、AIの方がよどみなく質問するであろう。いや、AIの方が権力者に媚びない分、マシかもしれない。

AIは人間の「仕事」だけでなく、「医師」「弁護士」「記者」といったエリートたちが自慢してきた「肩書」や「立場」も奪うのである。いまや大事なのは「中身」だ。人間にしかできないこと、さらに言えば自分にしかできないこと。そうしたオリジナリティがなければ通用しない時代になった。とても良い事だ。

そうした時代に「労働」という概念は大きく変質するだろう。もはや「労働」の価値は「労働時間」では測れない。さらに生産した物の「数」や「量」でも測れない。そうしたものはAIが短時間で安く大量に生産してしまうからだ。人間はとてもかなわない。人間に問われるのは自分にしか生み出せない「価値」だ。こればかりはどんなに労働時間を長くしても、どんなに上司に媚びても、生み出せるものではない。自分が好きな事、自分が得意な事を、自力で磨くしかないのである。

私は福島原発事故を巡る「吉田調書」報道の責任を問われてデスクを更迭され、記者職も外され、社名を名乗らず個人名でツイッターをはじめた時、これに気づいた。ツイッター界の匿名実名のインフルエンサーたちは「労働」ではなく「趣味」「生きがい」として日々、魅力的なツイートを連発し、フォロワーと相互に交流し、発信力を拡大させていたのである。彼らには「労働時間」も「ノルマ」もない。24時間365日、好きでやっているのだ。こうした個人アカウントの影響力に、大企業や大手マスコミの組織アカウントは及ばなくなっている。広報などの部署が労働基準法に定められた労働時間の範囲内で業務として取り組むSNSの影響力は、これからますます減退していくだろう。

「趣味」や「生きがい」が「労働」を凌駕する時代を迎えた。「働く」という概念は大きく変わる。ひとつの会社に閉じこもり、その枠内で与えられた仕事をこなす働き方は過去の遺物になるだろう。もっと自由に、もっと楽しく。それが新しい価値を生み出し、経済を引っ張っていく。IT革命・AIの進化が引き起こした社会変革は想像以上に大きい。

退職届を提出して「労働」という概念から解放され、産業革命を超える人類史の大転換期に立っていることを実感する日々である。

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