世帯に二枚の布マスクもきちんと届けられないこの国の行政が、すべての人にワクチンを接種するのはいつの日になることか。この連載でも繰り返し疑問を呈してきたが、やはりワクチン接種の現場は大混乱のようである。予約の電話が殺到して回線がパンクするという「悲劇」に続いて、今後は政府が自治体に配布したタブレットに「不具合」が続出しているというのだ。
政府が4月に高齢者接種が始まるのにあわせて4万台のタブレットを自治体に配布したのは、各地の接種会場の担当者が接種券に記載された18桁の数字を読み取ることで、全国の接種記録を一元的に管理するためであった。この「ワクチン接種記録システム」がはやくも破綻しているというのである。
yahoo!ニュースで5月15日夜に紹介された産経新聞記事は、そのシステムを以下のように説明している。
新たに導入された「ワクチン接種記録システム(VRS)」は、自治体側があらかじめ整備している予防接種台帳や住民基本台帳から住民の氏名や生年月日、接種券の番号、マイナンバーといった情報を入力。国から配布されたタブレットを使って接種会場の担当者が接種券に記載された18桁の数字列を読み取り、接種記録を蓄積する仕組みだ。 これまでの予防接種では住民の情報が予防接種台帳に反映されるまで2~3カ月かかることもあったが、このシステムは瞬時に接種記録を把握することが可能で、市区町村間での共有などのメリットがある。
ところが、このタブレットが「手持ちだと、手振れで数字を全く読み取らない」(東海地方の自治体担当者)というのだ。記事によると、接種券に記載された数字の部分に汚れが付いていたら全く違う番号を識別し、接種を受けた住民ではない人物の接種記録が蓄積されることもあるという。このため、タブレットを使用せず後でまとめて数字を入力する自治体もあり、実際の接種状況と政府発表の接種状況が一致しない事態が予想されているようだ。
いったい、どうなっているのやら。各地の自治体が確認した感染者数をFAXで集計し、全国の数字を出すのに膨大な時間と労力を費やしたこの国の行政は、その「大失態」を厳しく批判された後も、何の成長も遂げていなかったのである。
全国各地のワクチン接種現場は大混乱に陥っており、内閣官房は「自治体向けのレクチャー動画」を配信しているほか、「タブレットの読み取り用スタンド」を各自治体に配布することを決めた、と記事は伝えている。
レクチャー動画や読み取り用スタンドを配れば解決するのか? 新たな「時間と労力と税金の無駄」になりはしないか? レクチャー動画や読み取りスタンドを納入する「お友達業者」を潤わせるだけではないのか? この国の政府のやることには疑念ばかりが膨らんでくる。虚偽答弁、公文書改竄、統計不正、中抜き…彼らへの不信を増幅させてきた近年の「悪行」は枚挙にいとまがない。
それにしても「タブレットの不具合」は防ぐことができなかったのか。記事を読むだけでは、そこがよくわからない。記事に続くコメント欄を読んで、はじめてこの大混乱の全貌が見えてくる。いくつか紹介しよう。
番号の読込なんてバーコードかQRコードを使えばいいのに、厚労省が「接種券へのバーコード、QRコードの印字については、各自治体の任意でいい」と宣言してしまったため、官邸が厚労省の計画のヤバさに気付いたときにはバーコード、QRコードのない接種券が出回ってしまい、やむを得ず動作不安定なOCRによる数字読込になってしまったとのこと。仕事柄、いろんなICTシステムの失敗事例を見ていますが、最初の計画段階でITのことを何も分かっていない、紙と人手の仕事しか知らない人が致命的な判断ミスをして、後からどんなに頑張ってもうまくいかないケースを多く見てきました。
なぜ接種券のバーコードを読み取らないのか、という指摘が相次いでいますが、このバーコードは「市区町村」用で記載は任意とされており、全国で運用するシステム(VRS)への入力には18桁の数字を読み取るしかなかったようです。この数字にはOCR処理に適したフォントを使うよう指定されているものの、タブレットの操作に慣れていないとスムーズに読み取れない可能性があります。そこで読み取り用の「スタンド」を自治体に配布する事態になりました。本来であれば数字ではなく、カメラで読み取るのに適したバーコードやQRコードを記載すべきところです。しかしワクチン接種を急ぐあまり仕様変更の後戻りができず、結果的に現場にしわ寄せが来ています。
この通りなのであろう。はじめから接種券に「バーコードかQRコード」を記載すれば良かったのだ。いまや全国各地のスーパーやコンビニであたり前のように使っているバーコードかQRコードを接種券に記載することを、政府が最初に自治体に徹底して指示すれば済んだ話なのである。すべての人にワクチンを打つ国家プロジェクトを担う日本政府のエリート官僚たちに「バーコードかQRコード」を使うという発想が抜け落ちていたのだ。
彼らが思いついたのは「18桁の数字」で国民を管理することだけだった。「18桁の数字」を瞬時に集計する「デジタル脳」はみじんもなく、数字を紙に書き込んでパソコンに手入力する「FAX脳」のままなのだった。そうした人々がこの国の行政を動かしているのである。
これは「日本の技術力」の敗北ではない。「日本の行政力」の敗北なのだ。「ワクチン接種率が先進37カ国で最下位」という事態は起こるべくして起きたのである。
そのような「FAX脳」のエリート官僚たちが「デジタル庁」に熱を上げているのである。所詮は「デジタル庁」についてくる予算やポストに関心があるとしか思えない。
こうした人々を根こそぎ取り替えないと「日本の行政力」は世界からますます取り残されていくだろう。そのしわ寄せは「税金の無駄」「生命の危険」という形で私たち国民に跳ね返ってくる。時代遅れの「FAX脳」のエリート官僚たちは政府の要職から早く退場し、その座を次世代へ明け渡してもらいたい。
さいごに、もうひとつ。「バーコードかQRコードを使えば良かった」という明快な解説が新聞記事ではなくコメント欄に記されていたという事実は見逃せない。新聞記者たちは取材相手のエリート官僚と同じ視線に立ち、「世間の常識」とかけ離れてしまっているのではないか。マスコミの取材を受けなくても当事者が自由に発信できるネットのコメント欄には「フェイク」「誹謗中傷」といった負の側面があるものの、マスコミが必要な情報を伝えていない今、それに代替する情報ツールとして時にマスコミ以上に社会の役に立っていることを、新聞記者たちは自覚したほうがよい。