高市政権が総選挙の公約に掲げた「食料品の消費税ゼロ」が、ここにきて急速にしぼみ始めている。
総選挙では大々的に掲げた公約だった。積極財政を前面に打ち出し、「財務省支配からの脱却」を訴えた高市政権の象徴でもあった。それが今、棚上げの空気に包まれている。
背景にあるのは、財務省の巻き返しだ。
そして、その中心にいるのが、自民党副総裁の麻生太郎氏である。
石破政権時代、財務省の最大の後ろ盾は 森山裕幹事長だった。
森山氏は公明党とのパイプが太く、さらに当時の立憲民主党幹事長だった 安住淳氏とも極めて近い関係にあった。両者はともに「国対族」であり「財務族」でもある。
当時、自公与党は衆参で過半数を失っていた。森山氏はその状況を危機ではなく好機と見ていた節がある。自公と立憲による大連立構想を進め、財務省を軸にした政権運営を築こうとしていたのだ。
安住氏は、民主党政権時代に自公民3党で消費税増税を合意した際の財務大臣でもある。森山・安住・財務省ラインの最終目標は、再び「増税連合」をつくることだったとも言える。
しかし、その構想は崩壊する。
石破政権退陣後、麻生氏の後押しを受けて 高市早苗政権が誕生。さらに1月解散・総選挙で高市自民党は歴史的大勝を収めた。
一方、立憲と公明が結成した新党「中道」は惨敗。安住氏も議席を失い、森山氏の影響力は急速に低下した。
こうして、森山・安住・財務省ラインによる大連立構想は完全に頓挫したのである。
高市政権は発足当初、財務省と明確に距離を取った。
財務省出身秘書官を遠ざけ、財務省幹部と極力接触しない。経済政策では積極財政を掲げ、食料品消費税ゼロまで打ち出した。
その橋渡し役を担ったのが、財務大臣の 片山さつき氏だった。
元大蔵官僚のエリートでありながら、政界入り後は積極財政派に転じ、財務省とは微妙な距離感を保ってきた人物である。
片山氏は、高市政権の「積極財政」と、財務省の「財政規律」の間をつなぐ役割を果たした。「責任ある積極財政」という言葉も、その折衷案として生まれていった。
だが、財務省から見れば、それだけでは不十分だった。
片山氏も高市氏も、自民党内の基盤は強くない。何より、食料品消費税ゼロという公約をそのまま実行されれば、財務省にとっては大打撃になる。
そこで財務省が頼ったのが、麻生氏だった。
麻生氏はかつて「もっと国債を発行すればいい」と積極財政を語ることもあった。しかし、安倍政権で長期にわたり財務大臣を務める中で、財務省との関係を深めていく。
当時の財務省は、 菅義偉官房長官主導の官邸に対抗する必要があった。安倍・麻生・菅の三頭体制の中で、麻生氏は財務省にとって不可欠な存在になっていったのである。
高市政権誕生後、麻生氏はいったん高市官邸から距離を置かれた。
高市氏は「麻生支配からの脱却」を図り、麻生氏に近い国民民主党ではなく、日本維新の会との連立を選択した。さらに麻生氏の反対を押し切り、食料品消費税ゼロを公約に盛り込んだ。
しかし、その構図が崩れ始める。
高市首相の政権運営をめぐる不安説が官邸内外で流れ始め、SNSでの誹謗中傷動画やサナエトークンをめぐる疑惑報道も相次いだ。政権基盤が不安定化する中で、高市氏は麻生氏との対立を続ける余裕を失っていく。
ここで一気に浮上したのが、麻生氏主導の高市支持議連「国力研究会」だった。
自民党議員の8割超が参加し、党内は急速に「麻生中心の挙党体制」へと傾いていった。
こうなると、高市氏が単独で消費税ゼロを押し通すことは難しい。減税ムードは急速に後退していく。
さらに注目されるのが、 麻生氏に近い国民民主党の玉木雄一郎 代表の動きだ。
最近の党首討論で玉木氏は、大規模減税よりも、補正予算による給付や財政規律を重視する姿勢を打ち出した。
「新規国債発行に頼りすぎるべきではない」
「減税より給付を優先」
こうした発言は、かつての“減税一本槍”とは明らかにトーンが違う。
背景には、自民党との連立入りを視野に入れた現実路線への転換があるとみられる。
玉木氏自身も財務省出身だ。これまで積極財政派として財務省と対立してきたが、ここにきて「休戦」に動いているようにも見える。
麻生氏を軸に、
財務省、
高市政権、
そして国民民主党が再接近する――。
そんな新しい権力構造が、永田町で静かに形成されつつある。
もしそれが完成すれば、「食料品消費税ゼロ」は完全に封印される可能性が高い。
いま永田町で起きているのは、単なる税制論争ではない。
「誰が政権を支配するのか」。
その権力闘争なのである。