政治を斬る!

麻生太郎「最後の野望」を阻むもの——皇室最大のタブー、三笠宮家「分裂」の深層

皇室典範改正は、いよいよ最終局面を迎えた。

衆議院では自民、公明、維新に加え、国民民主、中道、参政なども賛成し、圧倒的多数で可決。参議院でも審議が始まり、今国会での成立はほぼ確実な情勢だ。

今回の改正は「皇族数の確保」が目的だと説明されている。しかし、その中身を詳しく見ると、単なる皇族数対策では済まされない重大な制度変更が含まれている。

旧宮家の男系男子を養子として皇室へ迎え入れる。その本人には皇位継承資格は与えられない一方で、その養子に男子が生まれれば、その子には皇位継承資格が認められる。

つまり制度上、「旧宮家出身者の子孫が将来の天皇になる可能性」が開かれるのである。

これは皇族数確保というより、男系男子による皇位継承を将来にわたって維持するための制度設計だと言ってよい。

その中心で政治を動かしてきた人物が、自民党副総裁の麻生太郎氏である。

皇室と姻戚関係を持つ麻生氏は、長年この問題に深く関わってきた。もし将来、麻生家と血縁関係を持つ皇族が養親となり、その家系から天皇が誕生するようなことになれば、麻生家は「天皇の外戚」となる可能性を持つ。

平安時代、外戚として政治を支配した藤原氏を連想する声が出るのも無理はない。

もちろん、それは現時点では一つの制度上の可能性に過ぎない。しかし今回の改正によって、それまで存在しなかった可能性が現実の制度として生まれることになる。

ところが、その「最後の野望」の前には、国会でも新聞でも学者でもない、思いがけない壁が立ちはだかっている。

それは麻生家自身である。

麻生太郎氏の妹・信子さまは三笠宮家へ嫁ぎ、その長女・彬子さまと次女・瑤子さまは麻生氏の姪にあたる。

そして現在、この母娘の間には皇室史上でも極めて異例といえる深い対立が存在している。

今回の皇室典範改正で旧宮家の養親になれる資格を持つ皇族は、わずか七人しかいない。

常陸宮家、三笠宮家、高円宮家——その中でも三笠宮家には信子さまと彬子さまという、麻生家と最も近い皇族が含まれている。

つまり制度が成立しても、実際に旧宮家を迎え入れるかどうかは、この皇族たち自身の判断に委ねられるのである。

ここに、政治では動かせない世界がある。

私は朝日新聞政治部で官邸や与野党を担当したが、その後、週刊朝日時代には皇室取材にも挑戦した。

政治記者と宮内庁担当記者はまったく別世界である。宮内庁記者クラブは司法、警察と並ぶ最も閉鎖的な記者クラブの一つであり、政治部の人間が入り込むことは容易ではない。

それでも私は、皇室ゆかりの人々への取材を重ねた。

2005年には、裏千家第16代家元・千宗室氏と、その妻である千容子さんへの単独インタビューを実現した。

千容子さんは、寬仁親王の妹であり、三笠宮家の次女である。

京都・今日庵の薄暗い茶室で行われた取材は今も忘れられない。

印象的だったのは、千容子さんが「最初の冬はとても寒くて、雪が降るたびに寂しかった」と語ったことだった。

そしてさらに心に残ったのは、千宗室氏の一言である。

「私の妻だけど、私とは身分が違う」

皇室とは、それほど特殊な世界なのである。

だからこそ、政治家が制度だけを整えたとしても、現実に人が動くとは限らない。

三笠宮家と麻生家の縁は、寬仁親王の英国留学までさかのぼる。

当時、留学を支えたのが麻生家だった。

寬仁親王は回顧録の中で、麻生太郎氏と酒を酌み交わした夜を振り返り、「殿下の結婚相手は、うちの妹ぐらいしかいませんよね」という話になったと記している。

そして1980年、寬仁親王と信子さまは結婚した。

しかし、その後の結婚生活は決して平穏ではなかった。

寬仁親王は食道がんとの長い闘病生活を送り、アルコール依存症も公表した。夫婦の別居が続き、離婚説も取り沙汰された。

2012年に寬仁親王が亡くなった際には、喪主を務めたのは長女の彬子さまであり、信子さまは葬儀に参列しなかった。

その後も母娘の溝は埋まらず、昨年には宮内庁が歴史的な決定を下した。

彬子さまが「三笠宮家」の当主となり、信子さまは新たに「三笠宮寬仁親王妃家」の当主となる。

未婚の女性皇族が宮家を継承するのも、皇族妃が新たな宮家を率いるのも前例のない出来事だった。

宮内庁は「宮家の中で話し合われた結果」と説明したが、その背景には長年積み重なった家族の複雑な事情があることは想像に難くない。

今回の皇室典範改正では、旧宮家を迎える養親となるのは、こうした宮家である。

もし養子となる青年が現れたとしても、どの宮家が受け入れるのか。宮家同士の調整はどう進むのか。そもそも、この複雑な人間関係の中へ飛び込む覚悟を持つ人が本当に現れるのか。

法律が成立しても、それだけでは何も始まらない。

興味深いのは、彬子さま自身が2012年の毎日新聞のインタビューで、「旧皇族にお戻りいただくとか、現在ある宮家をご養子として継承していただくとか、他にも選択肢があるのではないか」と語っていたことである。

つまり養子という考え方自体には理解を示していた。

しかし、それと実際に自らの宮家が養親になることとは別問題である。

皇室は政治とは違う。

国会で多数を集めれば制度は変えられる。しかし家族の歴史や感情、人間関係までは法律で動かすことはできない。

麻生太郎氏は永田町最強のキングメーカーかもしれない。

だが、その政治力が及ばない場所がある。

それは、妹と姪が生きる三笠宮家という「家族」の世界である。

皇室典範改正をめぐる最大の焦点は、もはや国会ではない。

本当に問われるのは、この制度を実際に動かす皇族たちが、どのような決断を下すのかという点にある。

政治が制度をつくり、皇室がそれを受け止める。

その接点に横たわる「家族」という現実こそ、今回の皇室典範改正における最大のタブーなのである。