れいわ新選組の山本太郎代表が代表辞任と政界引退を表明した。さらに現在の執行部を解散し、新たな代表選を経て党名も変更する方針を打ち出した。山本代表が2019年に旗揚げし、日本政界に一大旋風を引き起こした「れいわ劇場」は閉幕することになった。
これは一人の政治家の引退、一つの政党の終焉にとどまらない。結党以来、日本政治に独特の存在感を示してきた「れいわ」の政治実験が終幕を迎えたのである。
芸能界出身の山本太郎代表は2019年参院選で、重度障害者の木村英子氏ら2人を比例名簿上位に擁立し、自らは約100万票近い個人票を集めながら落選するという異例の政局ドラマで華々しくれいわを船出させた。その姿勢は「誰一人取り残さない」というメッセージを有権者に強烈に残したのである。
その後も消費税廃止や積極財政を前面に掲げ、「財政規律」を重視してきた既成政党や財務省と一線を画した。いまでは積極財政や減税を掲げる政党は珍しくないが、その流れを最初に大きく作った存在の一つがれいわだったことは否定できない。
一方で、れいわは常に「山本太郎の個人党」でもあった。
支持が広がった理由も山本太郎という突出した発信力だったが、その反面、組織として後継者を育てることは容易ではなかった。党勢の拡大とともに「山本太郎依存」はむしろ強まっていったのである。
転機となったのは、大石あきこ氏が党の中枢に入った時期だった。
れいわは当初、「上級国民と庶民」という経済格差を軸にした「上下対決」を前面に打ち出していた。保守かリベラルかという対立ではなく、生活に苦しむ人々の側に立つという構図で支持を広げていったのである。
しかし、大石氏が共同代表に就任した2022年末以降は、左右対立やイデオロギー色の濃い論争が目立つようになった。
もちろん理念を明確にすること自体は悪いことではない。しかし政党は社会運動とは異なる。国会で多数派を形成し、政策を実現することが使命である。支持層を広げる努力を続けなければ政権には近づけない。
山本氏自身もかつては「まずは中規模政党を目指し、その先に政権を狙う」と語っていた。しかし現実には、れいわは過激な左派路線を突っ走り、他党との距離を広げ、結果として国会では孤立を深めていった。
その間に政治環境も変化した。
物価高や生活苦への不満を背景に、「既成政党への怒り」という受け皿は一つではなくなった。参政党や保守党といった保守色の強い政党が反既成政治を掲げ、支持を伸ばした。れいわが築いた「既成政治への不満」という市場には、さまざまな勢力が参入するようになったのである。
その結果、れいわの存在感は徐々に薄れていった。
さらに選挙での苦戦、党内対立、組織ぐるみの秘書給与詐取の疑惑報道などが重なり、党勢は急速に低下した。
今回の山本氏の引退表明は健康問題を理由としている。しかし政治的に見れば、党勢の低迷と組織運営の限界を前に、一つの時代に区切りをつける決断に追い込まれたと見ることもできる。
注目すべきは、その引き際である。
山本氏は代表だけでなく党名まで変更し、「山本太郎を受け継ぐという発想は捨ててほしい」とまで語った。これは、れいわの党名とともに「山本太郎」というブランドそのものを消去する意思表示にも映る。
秘書給与詐取疑惑で東京地検特捜部や警視庁が捜査を開始し、それへの対抗策としての政界引退、代表辞任、そして党名変更ーーと見ることもできる。
もっとも、その結果として新党が求心力を維持できる保証はない。
誰が代表になっても、山本太郎ほどの発信力と集票力を持つ人物はいない。党名が変われば知名度も失われる。地方組織も決して盤石とはいえず、次の国政選挙で現在の勢力を維持できるかは極めて厳しい情勢だろう。
一方で、日本政治全体への影響は決して小さくない。
れいわが占めてきた「生活苦に苦しむ庶民のための政治」というポジションが空白になる可能性があるからだ。
この空白を、中道への合流を渋ってきた立憲民主党が埋めるのか。共産党が巻き返すのか。あるいは参政党が右サイドから侵食していくのか。それとも別の新党が現れるのか。
山本太郎という政治家は去っても、彼が投げかけた「生活者の怒りを誰が代弁するのか」という問いは残り続ける。
れいわ新選組の終焉は、一つの政党の終わりではない。日本政治の新たな勢力図をめぐる競争の始まりなのである。