皇室典範改正をめぐる衆院採決は、一見すると保守とリベラルの価値観がぶつかる政策論争に見えた。しかし、その舞台裏で繰り広げられていたのは、政策を超えた政局だった。最大の敗者は中道の小川淳也代表であり、その政局を描いたのは、自民党のキングメーカー・麻生太郎副総裁だった。
今回の採決を読み解く鍵は、「なぜ小川は最後に賛成したのか」と「なぜ麻生は修正案を拒否したのか」の二つにある。
今回の改正案は、女性皇族が結婚後も皇族の身分を維持できる制度と、旧宮家の男系男子を養子として皇室に復帰させる制度を柱としている。前者は比較的幅広い支持を得ていたが、後者には「男系男子への過度な固執」として、リベラル層を中心に反発が根強い。特に女性天皇の可能性を閉ざしかねないとの懸念から、立憲民主党支持層を中心に強い反対論が広がった。
参院の立憲民主党は反対方針を決定した。一方、衆院の中道は最後まで揺れ続けた。
中道が持ち出したのは付帯決議の修正案だった。養子となった旧宮家男子の子どもの皇位継承資格について「速やかに検討する」と明記し、女性天皇についても「引き続き検討する」と盛り込むよう求めた。
付帯決議には法的拘束力はない。それでも中道は、「この程度なら与党も受け入れるだろう」と考えていたのである。
しかし、その期待はあっさり裏切られた。与党は修正を拒否したのである。
ここで重要なのは、法的拘束力のない付帯決議を拒否する実益はほとんどなかったという点だ。政策的な理由だけでは説明がつかない。
この判断を下したのは麻生氏とみて間違いない。皇室典範改正は、皇室と姻戚関係にある麻生氏主導で進められてきたからだ。
修正案を拒否された瞬間、小川代表のメンツは完全につぶれた。本来なら反対へ回るのが自然な流れだった。それにもかかわらず、中道は最終的に賛成を選んだのである。
小川代表は記者会見で、「国会答弁で十分な担保が得られた」「党派対立を避けたかった」「苦渋の決断だった」と説明した。しかし、それは建前にすぎない。
本音はもっと現実的だった。皇室問題で真正面から反対に回れば、将来政権に加わる際の障害になりかねない。世論から「何でも反対」とみられるのも避けたかった。
しかし、それ以上に決定的な要因となったのは、自民党と長年連立を組んできた公明との関係だ。小川氏は立憲組に仲間が少ない。代表選に勝利できたのも公明組のおかげだし、現在の党運営も公明組に支えられている。
つまり、小川代表は「賛成したかった」のではない。「反対できなかった」のだ。
では麻生氏なぜ修正案を拒否したのか。
ここに今回最大の政局が隠されている。
付帯決議を受け入れても法的効果は変わらない。それでも拒否したということは、狙いは政策ではなく政局だったということになる。
一つの見方は、中道を追い詰めること自体が目的だったというものだ。
修正案を拒否すれば、中道は支持層から「なぜ賛成したのか」と批判される。立憲支持者との溝はさらに深まる。一方で反対に回れば、保守層から「皇室問題で反対した政党」と攻撃される。
どちらに転んでも中道は傷つく。麻生氏はその状況を冷静に計算していた可能性がある。
しかし、麻生氏の視線は中道だけに向いていたわけではない。
現在、野党第一党は国民民主党である。中道、立憲、公明が三党合流すれば、一気に百議席を超える勢力となり、国民は野党第一党の座から陥落する。
麻生氏が最も警戒しているのは、その新勢力ではない。むしろ、国民民主党が連立に加わる決断を催促している狙いがあるのだろう。
麻生氏は公明党を連立から追い出し、現在の連立パートナーである維新にも冷淡だ。その一方で国民民主党には秋波を送り続けている。
三党合流が進めば、国民民主党は野党第一党の座を失う。存在感を失えば、自民党との連立という選択肢が現実味を帯びてくる。その環境づくりこそ、麻生氏の戦略なのかもしれない。
皇室典範改正は、皇位継承制度という国家の根幹に関わる問題である。同時に、その採決は政界再編をめぐる権力闘争の舞台にもなった。
政策論だけを見ていては、この国会は理解できない。
政治家は政策を語る。しかし最後に彼らを動かすのは、政局である。