中道改革連合が事実上の分裂に踏み切った。立憲系は新党を結成し、公明系は公明党へ戻る。そして中道は国会議員を1人だけ残して存続するという異例の形を取る。
なぜ1人を残すのか。小川淳也代表は、衆院選に伴う支払いを完済するためだと説明する。中道には2026年分として約23億4000万円の政党交付金が交付されており、すでに約半分が支給済み。残る約11億7000万円についても、党を解散すれば受け取れなくなる可能性がある。小川氏によれば、総選挙関連の支払いはまだ半分も終わっておらず、9割方、20億円余りが選挙費用に消えるという。
これは法的・実務的な後始末としては理解できる。しかし政治的には、何とも奇妙な光景である。49人でスタートした中道が、立憲系20人と公明系28人を送り出し、最後に1人だけが残る。政党としての活動は事実上終わっているのに、政党交付金の処理のために看板だけが残るからである。
小川氏は「10億円を踏み倒していいのか」と反論する。確かに選挙費用の支払いを放置するわけにはいかない。階猛幹事長も返済計画を粛々と実行していると説明し、「破産管財人」という表現に反発した。
だが、ここで問われているのは小川氏個人の説明責任だけではない。そもそも中道は、衆院選で1043万票を得て発足した政党である。その巨大な得票をどう政治資産として引き継ぐのか。ここで小川氏が二党合流を決断できなかったことが、今回の分裂の最大の誤算だったのではないか。
中道が存続すれば、少なくとも党として保持している政党交付金の受給資格を維持できる。一方、立憲系が新党をつくっても、単純な離党では中道の過去の得票をそのまま引き継げるわけではない。結局、小川氏はカネの後始末には成功しても、中道という政治的な器そのものを維持することには失敗したのである。
さらに深刻なのが、公明党の変化である。
斉藤鉄夫代表によれば、小川氏から「自民の穏健保守、国民民主、いろいろな方々と中道の塊を大きくしていく」という提案があったという。ところが小川氏は、個別政党への言及には極めて慎重だったと説明する。
この食い違いは象徴的である。
小川氏は立憲系を中心とした新しい野党勢力をつくり、政権交代を目指す構想を捨て切れなかった。しかし公明党の視線は、すでに別の方向を向いている。自民党内の穏健保守勢力や国民民主党との連携を視野に入れ、再び政権側へ接近する道である。
そもそも中道の内部には、「二大政党による政権交代」を志向する立憲系と、「自民党との連立」を重視する公明系という、根本的に異なる政治戦略が同居していた。その矛盾を解消しないまま選挙を戦い、敗北後も決着を先送りした。そのツケが今回、一気に噴き出したのである。
では、これからどうなるのか。
立憲系の新党には20人前後が参加するとみられるが、全員がまとまる保証はない。落選組も、野田佳彦元首相に近い玄葉光一郎氏や大串博志氏のように離党して独自路線を取る動きがある。枝野幸男氏は「立憲ネットワーク」を立ち上げ、亀井亜紀子氏は立憲民主党に戻った。川内博史氏らは護憲リベラルを標榜する「ゴリラ」を結成し、小沢一郎氏は中道も立憲も解散すべきだとの立場を示して新党結成を模索している。
ここまでバラバラになれば、小川氏を中心に旧立憲勢力を再結集するのは容易ではない。
一方、公明党は次の連携相手を探している。
自民党の穏健保守、立憲系の一部、そして国民民主党。公明党が描く「中道勢力」とは、小川氏の新党ではなく、こうした勢力を横断する大きな政治ブロックなのではないか。
中道分裂で失ったのは、単なる49人の議員集団ではない。
小川氏は政党交付金という財布を残した。しかし、政界再編の主導権まで残すことはできなかったのである。