福岡県議会の「ドン」と呼ばれた蔵内勇夫氏が、ついに議員辞職した。
10期39年にわたって福岡県政に君臨してきた大物県議である。しかも昨年4月には24年ぶりに県議会議長に返り咲き、その後、全国都道府県議会議長会の会長にも就任した。まさに政治人生の絶頂だった。
それが、わずか1年余りで崩れた。
発端は今年7月、吉松源昭県議が、自民党県議団幹部から議長就任をめぐって現金を要求されたと告発したことだった。要求された金額は2000万円に上るという。蔵内氏自身は金銭授受への関与を一貫して否定しているが、疑惑は県議会を揺るがした。
7月24日には蔵内側近の中尾正幸副議長が議員辞職。8月7日には、蔵内側近で自民党県議団の会長を務める松尾統章議員も会長を辞任した。さらに8月10日、蔵内支配に服従してきた服部誠太郎知事が蔵内氏との決別を鮮明にした。
8月14日には吉松氏が蔵内氏への議長辞職勧告決議案を提出。17日の臨時県議会では採決直前に蔵内氏の元秘書である側近県議が動議を出し、決議案の採決そのものが中止された。しかし、その日の自民党県議団総会で蔵内氏は議長辞任の意向を表明。そして24日、ついに議員そのものを辞職する意向を明らかにした。
当初、蔵内氏は来春の県議選には出馬せず、9月県議会で引退を表明するというシナリオを周辺に打ち明けていた。それが世論の圧力によって、前倒しの議員辞職へと追い込まれた格好だ。
だが、これは蔵内氏一人の退場で終わる話なのだろうか。
ここから福岡大政局が動き始める。
今回の告発者である吉松氏にも、興味深い政治的背景がある。吉松氏は元議長で、麻生太郎氏に近い政治家として知られる。2024年の衆院選では福岡4区から無所属で出馬して落選したが、その後、県議補選で復帰した。麻生氏は吉松氏の結婚の媒酌人でもある。
一方、蔵内氏と麻生氏の関係も長い。
福岡政界では、かつて麻生太郎、古賀誠、山崎拓の「旧三国志」が君臨した。その後、時代が変わり、麻生、武田良太、蔵内勇夫という「新三国志」ともいうべき権力構造が形成された。
しかし今、その一角である蔵内氏が崩れた。
振り返れば、蔵内氏は決して一直線に上昇してきたわけではない。
2011年には福岡県知事選への出馬を画策したものの、麻生氏が経産官僚を擁立し、出馬を断念。2016年の衆院福岡6区補選では長男を擁立したが、武田氏が鳩山邦夫氏の次男を支援して敗北。2019年の知事選でも、麻生氏とともに新人を擁立したが、武田氏が推す現職に敗れた。
ところが2021年、病気辞任した小川洋知事の後継をめぐり、蔵内氏が服部誠太郎氏を擁立。武田氏が擁立を目指した国交官僚は出馬を断念し、服部氏が知事に就任した。
ここから蔵内氏の絶頂が始まる。
2024年には世界獣医師会長、2025年には全国都道府県議会議長会会長へ。長年掲げてきたワンヘルス政策も大きく前進した。
しかし、権力の頂点に立った直後に、今回の疑惑が噴き出した。
そして蔵内氏の側近たちは次々と政治的打撃を受けた。中尾副議長は辞職、松尾県議団会長は辞任。新たな県議団会長となった渡辺氏は1票差でかろうじて選出され、「役員を一掃する」と宣言した。元秘書の林県議は、採決中止の緊急動議をめぐって大炎上。服部知事も蔵内氏と距離を置いた。
まさに「蔵内王国」の崩壊である。
そこで気になるのが、麻生太郎氏と武田良太氏の今後だ。
2024年衆院選で武田氏は福岡11区で維新新人に敗れ、比例復活もできなかった。旧二階派の政治基盤は大きく揺らいだ。一方、麻生派は大きな打撃を免れた。
さらに高市政権下で、麻生氏は自らを中心とする挙党体制を演出する自民党議連「国力研究会」を立ち上げ、武田氏を発起人から外した。一方で、武田氏が大番頭だった旧二階派のホープ小林鷹之政調会長は発起人に迎え、旧二階派の分断工作を進めている。
蔵内氏が退場することで、福岡政界の「新三国志」は完全に形を変える。
そして来春には県議選がある。参政党が大量擁立を表明し、維新も議員定数・報酬の削減や海外視察禁止を掲げて攻勢を強める。
蔵内氏の辞職は、福岡政界の終章ではない。これは次の権力闘争の号砲だ。
蔵内氏が去った後、福岡県議会を誰が握るのか。そして、麻生太郎氏と武田良太氏の力関係はどう変わるのか。
来春の福岡県議選は、その答えを占う大一番になりそうだ。