政治を斬る!

高市、靖国見送り!麻生が仕掛けた“4役参拝”の狙い

高市総理が8月15日の靖国神社参拝を見送った。一方、自民党では鈴木俊一幹事長ら党執行部がそろって参拝するという異例の動きが起きている。

この組み合わせを、単純に「総理は外交を担当し、党幹部は保守層を担当する」という役割分担として片付けていいのだろうか。

私は、むしろ逆の可能性を考えたい。

高市総理が靖国に行けない状況を利用して、麻生太郎副総裁と鈴木幹事長らが、靖国問題をあえて政治争点化しているのではないか。

高市氏は総理になる前、靖国参拝をかなり強く政治的にアピールしてきた。

2022年には、首相になっても靖国参拝を続けたいという考えを示し、「途中で参拝をやめるといった中途半端なことをするから、相手がつけ上がる」とまで発言した。高市氏は「靖国に行く保守政治家」という政治的イメージを積極的につくってきたのである。

ところが、2025年の総裁選で勝利した後には「適宜、適切に対応する」「絶対、外交問題にされるべきことではない」とトーンダウンさせた。そして総理になると参拝を見送ったのである。

総理大臣は一政治家ではない。外交、安全保障、日米関係、日中関係、日韓関係など、日本政府全体への影響を考えなければならない。高市氏もその現実に直面した。

2025年秋の例大祭、2026年春の例大祭に続き、今年の8月15日も参拝を見送った。これまで政治的にアピールしてきた「靖国カード」を、総理になったとたんに切れなくなったのだ。

そして、そこに今回の異例の「4役参拝」が重なる。

鈴木俊一幹事長、有村治子総務会長、小林鷹之政調会長、西村康稔選対委員長。小林氏は豪雨対応のため参拝を見送ったが、それでも自民党執行部が一斉に靖国参拝に動いたことの政治的意味は小さくない。

これには二つの読み方がある。

一つは、「高市総理を守るための参拝」だ。

総理が外交上の理由で参拝できない。その代わり、党幹部が参拝することで保守層に配慮する。総理と党の役割分担だという見方である。

しかし、私はもう一つの見方に注目したい。そもそも高市総理と麻生・鈴木執行部の関係はぎくしゃくしている。これは「高市を追い込むための参拝」ではないか。

高市総理が靖国に行かない。その横で、自民党幹部がそろって靖国に行く。

そうなれば当然、「高市は総理になったら靖国に行かなくなった」という政治的な対比が生まれる。

保守層から「高市は変わってしまった」「総理になる前と言っていることが違うではないか」という批判が出ても不思議ではない。

一方、参拝した側は「我々は行った」と言える。

つまり、「高市は総理になって変わった」「自民党は変わっていない」という構図をつくることができる。

もしこれを意図してやっている人物がいるとすれば、誰なのか。

ここで浮かぶのが麻生太郎氏である。

鈴木俊一幹事長は麻生氏の義弟であり、長年の側近だ。現在、高市総理と鈴木幹事長の関係が必ずしも良好とは言えないことは、消費税減税などをめぐる党内の動きを見ても透けて見える。

高市氏が総理として靖国参拝を見送る。

そのタイミングで、麻生氏に近い鈴木氏ら党執行部が靖国に集団参拝する。

これを単なる偶然と見るのか。

それとも、高市総理が切れなくなった「靖国カード」を、麻生・鈴木側が横から切ったと見るのか。

私は後者の可能性を考えてみたい。政局を見るうえでは、「誰が得をするのか」という視点が重要だ。

高市総理が靖国参拝を見送ることで、保守層から不満が出る。その一方で、麻生側は靖国に参拝して保守層への存在感を示す。

高市総理の政治的な弱点を、党内のライバルが突くことになる。

これは秋の内閣改造・党役員人事ともつながってくる。

最大の焦点は幹事長人事だ。

鈴木俊一氏が留任すれば、麻生氏の影響力が引き続き自民党の中枢に残る。

萩生田光一氏が昇格すれば、麻生支配の新しい形ができる可能性がある。

逆に武田良太氏を抜擢すれば、高市氏が麻生氏の影響力から距離を取る人事とも読める。

靖国問題は、秋の人事を占う一つのシグナルになっているのかもしれない。

そもそも首相の靖国参拝には、政教分離、A級戦犯合祀、戦争責任、近隣諸国との外交など、複雑な問題が絡む。

だから「総理になっても参拝する」と言うのは、政治家としては簡単でも、総理として実行するのは難しい。

高市氏がその現実に直面した、と見ることもできる。

しかし、だからこそ今回の問題は面白い。

高市総理が靖国に行かないことそのものよりも、その「参拝できない高市」を誰がどう政治的に利用するのか。

そこを見る必要がある。

靖国は、単なる慰霊の問題ではない。

日本の歴史認識、外交、保守政治、そして自民党内の権力闘争が交差する場所でもある。

高市総理にとって、靖国参拝を見送ることは外交上の現実的な判断なのか。

それとも、保守政治家として積み上げてきた政治的アピールとの矛盾を抱えることになるのか。

そして自民党4役の集団参拝は、高市を守るためなのか、それとも高市を追い込むためなのか。

8月15日の靖国をめぐる動きは、秋の自民党人事を占う「前哨戦」なのかもしれない。