政治を斬る!

高市官邸に第二の文春砲 側近官僚スキャンダルの裏で始まる霞が関の反乱

文春砲は高市官邸を狙い撃ちしているのか――。ネガティブキャンペーン動画疑惑で揺れる高市政権に対し、今度は高市首相の側近官僚に関するスキャンダル報道が飛び出した。表向きは一官僚の不祥事報道に見える。しかし永田町や霞が関の視点で眺めると、その背後には人事をめぐる官僚組織の不満や、高市政権の今後を見据えた権力闘争の気配が透けて見える。

今回、月刊『文藝春秋』が報じたのは、高市首相に近い官邸官僚である茂木正・官房長官首席秘書官に関する問題だ。報道によると、茂木氏は昨年、大阪・関西万博関連業務で大阪出張を繰り返していた際、不倫関係にあった女性をホテルに呼び寄せ、宿泊名簿に記載しないまま同宿していたという。

事実関係について官邸は「回答を差し控える」としている。一方、経済産業省は「万博期間中に数十回の大阪出張を行った」ことは認めている。興味深いのは、この両者の温度差だ。官邸が防御姿勢を取る一方、経産省は一定の事実関係を認めている。霞が関では、この違いに注目する向きが少なくない。

なぜなら、今は官僚人事の季節だからである。

通常国会が閉会すると、霞が関は一気に人事モードへ突入する。各省庁では次官や局長級のポストをめぐる競争が激化し、政治との距離感も問われる。そんな時期に高市首相の側近官僚に関する情報が流れたことは偶然なのか。それとも誰かの意図が働いた結果なのか。永田町では様々な憶測が飛び交っている。

茂木氏は1992年に経産省へ入省した官僚だ。北海道大学大学院工学研究科出身で、いわゆる東大法学部を頂点とする霞が関の伝統的エリートコースとは異なる経歴を持つ。専門はエネルギー政策で、高市氏が経済産業副大臣だった時代に秘書官を務めて以来、長年にわたって信頼関係を築いてきた。

高市氏は首相就任後、この茂木氏を官邸に呼び寄せた。首相秘書官への起用も模索したとされるが、経産省内部では慎重論が強く、最終的には官房長官首席秘書官に就任した。

しかし、この人事は決して霞が関全体が歓迎したものではなかった。

官邸の意思決定の中枢である正副長官会議には、首相、官房長官、副長官らと並んで茂木氏も出席している。つまり単なる事務方ではなく、政権運営の核心部分に直接関与する立場だ。高市政権における「側近政治」の象徴的存在と言ってよい。

こうした人事は、組織内に必ず不満を生む。

霞が関では昔から「政治家に近づきすぎた官僚は敵を作る」と言われる。政治的影響力を持つほど、ライバルも増えるからだ。高市氏が自らの信頼する官僚を重用すればするほど、組織内には反発も蓄積される。

思い起こされるのが、安倍・菅政権時代に官邸で絶大な権勢を誇った和泉洋人元首相補佐官である。国土交通省出身の和泉氏は、安倍官邸や菅官邸において規制改革や大阪万博政策などを担当し、「官邸官僚」の代表格として知られた。しかし、その後は週刊誌報道によって大きなダメージを受けた。

権力の中心に近づけば近づくほど、スキャンダル報道の標的にもなりやすい。それが官邸官僚の宿命なのだろう。

今回の報道で興味深いのは、高市首相本人ではなく側近官僚が標的になっている点である。

ネガキャン動画疑惑に続き、今度は側近官僚問題。仮にこれが偶然ではないとすれば、高市政権そのものではなく、高市政権を支える人的ネットワークに狙いが向けられている可能性もある。

そこで注目されるのが木原稔官房長官の存在だ。

木原氏は旧茂木派出身であり、自民党議員連盟「国力研究会」では事務総長を務めている。同研究会は麻生太郎氏を最高顧問とする巨大勢力であり、高市政権を支える与党内基盤の一角を形成している。

一方で、政治の世界に永遠の味方はいない。

高市政権が長期化すれば、木原氏自身が将来の総理候補として存在感を高める可能性がある。逆に高市政権が短命に終わるような事態になれば、後継候補をめぐる権力闘争が一気に表面化するだろう。

その時に名前が浮上するのが、現在外相を務める茂木敏充氏である。

麻生氏を中心とした挙党体制が固まりつつある中、外交経験や党運営経験を持つ茂木氏は依然として有力な存在だ。トランプ政権とのパイプも評価されている。林芳正氏の影響力低下や、小泉進次郎氏、小林鷹之氏の経験不足を考慮すると、緊急登板論が出ても不思議ではない。

もちろん、現時点で高市おろしが現実化しているわけではない。衆院選で勝利した政権を党内から倒すことは容易ではないからだ。

しかし政治は支持率だけで決まらない。

スキャンダルが積み重なれば、政権内部の求心力は徐々に低下する。そして最も恐ろしいのは野党の攻撃ではなく、身内の離反である。

ネガキャン動画疑惑に続く側近官僚スキャンダル。その本質は不倫問題そのものではない。高市官邸を取り巻く権力構造に亀裂が生じ始めているのかどうか。霞が関と永田町の動きを追いながら、その先にある「ポスト高市」まで視野に入れて見ていく必要がありそうだ。