高市政権をめぐる逆風が強まっている。
発端は、高市首相の秘書が関与したとされる「ネガティブキャンペーン動画」疑惑だった。昨年の自民党総裁選や今年の衆院選をめぐり、対立候補を誹謗中傷する動画の作成・拡散を外部に依頼したのではないかという問題である。
当初は週刊文春の独走状態だった。しかし国会でも取り上げられ、他のメディアも追随し始めたことで、疑惑は徐々に政権全体を揺さぶる問題へと発展している。
そこへ今度は、高市首相の最側近とされる官邸官僚に関するスキャンダル報道が飛び出した。
一見すると別々の出来事に見える。しかし両者をつなぐ一本の線がある。それは「高市官邸の側近政治」である。
今回問われているのは個別の疑惑だけではない。高市政権の統治スタイルそのものが試されているのだ。
問題となっているのは、木原官房長官の首席秘書官を務める茂木正氏である。
経済産業省出身の官僚であり、高市首相が長年にわたり信頼を寄せてきた人物として知られる。
二人の関係は約20年前にさかのぼる。高市氏が経済産業副大臣だった当時、茂木氏は副大臣秘書官を務めた。その後も交流は続き、高市氏にとって数少ない信頼できる官僚の一人となった。
注目すべきは、茂木氏が霞が関の典型的なエリートコースを歩んできた人物ではないことだ。
中央省庁では東大法学部出身者を中心に事務次官レースが展開されることが多い。しかし茂木氏は技術系官僚であり、経産省内では必ずしも本流とはいえなかった。
それでも高市氏は首相就任後、茂木氏を官邸中枢に迎えようとした。
当初は総理秘書官への起用を模索したが、経産省側の強い反発を受けたとされる。総理秘書官は将来の事務次官候補が就くことの多い重要ポストであり、省内の人事秩序に関わる問題だからだ。
そこで高市氏は別の道を選ぶ。
茂木氏を官房長官首席秘書官として官邸に迎え入れたのである。
さらに異例だったのは、官邸の最高意思決定の場とされる「正副長官会議」に茂木氏を参加させたことだった。
高市首相、木原官房長官、官房副長官らが集まるこの会議は、事実上の政権中枢である。そこに本来のメンバーではない官房長官秘書官が加わることに、霞が関は大きな衝撃を受けたといわれる。
高市政権の特徴はここにある。
自民党内に強固な派閥基盤を持たず、財務省をはじめとする霞が関の有力官庁とも距離がある。そのため首相自身が信頼できる少数の側近に権限を集中させる傾向が強い。
これは決して珍しいことではない。
歴代政権もそれぞれ側近を重用してきた。
しかし側近政治には大きな利点と同時に大きな弱点がある。
利点は意思決定の速さだ。
首相の意向が直接伝わり、官僚組織の抵抗を突破しやすくなる。政治主導を実現するうえでは有効な手法である。
一方で弱点もある。
霞が関から見れば、正式な人事ルールや序列を飛び越えた「特別扱い」に映るからだ。
官僚組織は年次や経歴を重視する世界である。そこで本流ではない人物が首相の信任だけで強い影響力を持つようになると、不満や警戒感が生まれやすい。
しかも現在は各省庁の幹部人事が本格化する季節である。
誰が昇進し、誰が外れるのか。
霞が関が最も神経質になる時期だ。
そのタイミングで高市首相の最側近とされる官僚にスキャンダル報道が出たことは偶然だろうか。
もちろん断定はできない。
しかし政局の世界では、「なぜ今なのか」という視点が重要になる。
今回の報道を単なる私生活上の問題として片付けることはできない。
そこには官邸と霞が関の力関係をめぐるメッセージが含まれている可能性がある。
「特別扱いされる官僚には厳しい視線が向けられる」
そんな警告として受け止めることもできる。
思い出されるのは、安倍・菅政権で強大な影響力を持った官邸官僚の和泉洋人氏である。
和泉氏もまた技術系官僚出身で、首相官邸で存在感を高めた人物だった。
そして文春報道によるスキャンダルの渦中に置かれた。
今回の茂木氏のケースと重なる部分は少なくない。
技術系官僚。
官邸への抜擢。
首相の信頼。
そしてスキャンダル報道。
霞が関が最も警戒するのは、「第二の和泉」の登場なのかもしれない。
高市政権は発足以来、強いリーダーシップを掲げてきた。
選挙にも勝利し、保守層からの支持も厚い。
しかし政権運営は選挙の強さだけでは成り立たない。
危機管理能力が必要であり、官僚組織との調整力も必要である。
敵を作る政治は支持者を熱狂させる。
だが統治の現場では敵を増やしすぎることがリスクにもなる。
特に側近政治は、うまく機能している時は非常に強力だが、側近が傷ついた瞬間に政権全体の弱点へと変わる。
「あの人物を重用したのは誰か」
「あの人物に権限を与えたのは誰か」
最終的にはすべて首相自身の責任として返ってくるからだ。
高市首相が直面している本当の課題は、個々のスキャンダルへの対応ではない。
限られた側近への依存を続けるのか。
それとも党内や霞が関との関係を広げ、政権基盤を厚くするのか。
その選択である。
政権は選挙で倒れるとは限らない。
危機管理の失敗、官邸内部の不信、官僚組織との対立、そして側近への過度な依存。そうした要素が積み重なった時、政権は外部からではなく内部から崩れていく。
高市官邸が狙われているのだとすれば、その理由は単純だ。
側近政治が成功してきたからである。
しかし同時に、その成功こそが今や最大の弱点になりつつある。
今回の文春報道は、その危うい現実を映し出しているように見える。