政治を斬る!

決断できない小川淳也氏、中道崩壊で居場所を失うのか

中道改革連合がわずか7カ月で分裂することになった。立憲民主党が3党合流を拒み、公明党も撤収を決断したことで、中道は立憲系と公明系に分かれる方向である。

その責任を問われているのが小川淳也代表である。

9月4日の会見で小川氏は「私自身の力不足」と謝罪した。ところが、代表辞任には触れず、「プランBを鋭意検討している」「新たな形態への移行を目指す」と繰り返した。クラウドファンディングで集めた約1億円についても、返金を含めて検討するとした。

ここで問いたいのは、小川氏が失敗したことそのものではない。政党の命運を懸けた合流協議で、最後まで決断できなかったことではないか。

立憲が合流を拒否した時点で、公明党は小川氏に二者択一を迫った。立憲抜きでも中道と公明の2党で合流するのか、それとも公明が撤収するのか。ここが最大の勝負どころだった。

公明党の岡本三成氏、伊佐進一氏らは、最後まで小川氏の決断に期待していた。ところが小川氏は踏み切れなかった。

もちろん、中道内部には2党合流への反対論があった。決断すれば党分裂(立憲系の大量離反)の可能性もあった。しかし、そこを乗り越えて勝負する覚悟がなければ、そもそも中道改革連合という巨大な構想を率いる意味がない。

決断して失敗したのなら、政治的敗北である。だが、決断しないまま全てを失ったのなら、問われるのは政治家としての資質そのものになる。

しかも小川氏には、立憲に戻ればよいという簡単な逃げ道もない。

小川氏は映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」で注目され、その後、立憲内で存在感を高めてきた。しかし党内基盤はきわめてもろい。今回の中道結成では公明党に担がれる形で代表に就いたが、その公明党からも失望を買った。

では立憲に戻るのか。

田名部匡代幹事長は「いつまでも衆院議員がいないというわけにはいかない」として、次期衆院選で独自候補を擁立する考えを示す一方、「中道で惜敗した人たちの思いは理解している」とも述べている。これは中道の立憲系落選組へのラブコールとも読める。「今の段階で受け入れを考えていない」とも明言したが、これは立憲が今後、誰でも受け入れるのではなく、安保、原発、皇室典範などの政策や政治姿勢を見極めながら、個別に選別するということであろう。

その一方で、枝野幸男氏や小沢一郎氏らベテラン、吉田晴美氏ら中堅・若手、川内博史氏らの「ゴリラ」など、中道落選組のリベラル勢力では、それぞれ独自の再結集を模索する動きが始まっている。

さらに保守・中道系の落選組には国民民主党という受け皿がある。

つまり、中道の崩壊は「立憲に戻れば解決」という話ではない。むしろ、旧立憲勢力そのものが四分五裂する可能性がある。

ここで小川氏は「プランB」を口にする。だが、政治とは本来、最後に一つを選ぶ仕事である。Aが駄目ならB、Bが駄目ならCという発想では、誰が小川氏についていくのか。

中道を残すのか。立憲に戻るのか。新しい中道勢力をつくるのか。

小川氏に必要だったのは、新しい選択肢を増やすことではない。自らの政治生命を懸けて、一つを決断することだった。彼はその勝負所で決断できず、政局を大転換させるチャンスを逸してしまったのだ。

中道崩壊で小川氏の孤立化はいっそう進むだろう。公明党との2党合流を決断するしか、政治家・小川淳也が生き残る道はなかったのではないか。