政治を斬る!

検察vs自民〜稲田・鈴木の乱で炙り出された自民党内の新勢力図

「一ミリも言うことを聞かないじゃないですか!」

自民党法務部会で怒号が飛んだ。再審制度見直しをめぐり、法務省が示した修正案に対して稲田朋美元防衛相ら自民党議員が激しく反発したのだ。

マスコミはこれを「検察vs自民」と報じている。だが、その実態は少し違う。

自民党全体が検察と戦っているわけではない。むしろ大半の議員は沈黙している。内心では「法務省案はおかしい」と思っていても、口には出せない。検察を敵に回すことへの恐怖があるからだ。

「江戸の仇を長崎で取られないように」

稲田氏はベテラン議員からそう忠告されたという。
鈴木宗男氏の娘である鈴木貴子・自民党広報本部長も、周囲からこう言われた。

「鈴木さんは、怖くないのかい」

検察に逆らえば、いつ何をやられるかわからない――。そんな空気が永田町にはいまも色濃く残っている。

今回の対立の舞台は、再審制度だ。

再審とは、有罪が確定した刑事裁判をやり直す制度である。冤罪被害者を救済する「最後の砦」とされる。しかし現実には、そのハードルは極めて高い。

弁護側が新証拠を見つけても、検察は証拠開示に非協力的。裁判所の審理は非公開で、基準も曖昧だ。さらに裁判所が再審開始を認めても、検察は抗告できる。この抗告によって、再審開始が何年も止められるケースが後を絶たない。

象徴が袴田事件だ。

1966年に逮捕された袴田巌さんは、死刑確定から44年後の2024年、ようやく再審無罪となった。逮捕から58年。47年以上も身柄拘束された。再審請求から再審開始までだけでも9年を要した。

世論は大きく動いた。

超党派議連は、①検察の抗告を全面禁止すること、②証拠開示を義務化すること、を求めている。

ところが、法務省案は「抗告を原則禁止」としつつ、「十分な理由」があれば例外を認める内容だった。しかも、その規定は法律の本則ではなく付則に盛り込む方向だった。

これに自民党内の一部議員が猛反発したのである。

背景にあるのは、検察への根深い不信だ。

かつて東京地検特捜部は、「権力と戦う検察」の象徴だった。ロッキード事件では田中角栄元首相を逮捕し、リクルート事件では政界を震撼させた。

しかし近年、そのイメージは変質した。

鈴木宗男氏、堀江貴文氏、小沢一郎氏――。政権にとって邪魔な存在が次々と摘発され、「国策捜査」という言葉が広がった。裏金事件でも、旧安倍派と旧二階派にはメスが入った一方、麻生派や茂木派には波及しなかった。

検察は「時の権力」と無縁なのか。そんな疑念が政界に渦巻いている。

しかも検察は、司法クラブを通じてマスコミと密接につながる。リーク情報によって世論形成を主導し、政治家を“社会的に有罪”へ追い込む力を持つ。

さらに法務省の中枢は、検事たちが支配している。

出世コースは、刑事局長から検察次長、東京高検検事長を経て検事総長へ――。法務官僚よりも検察官僚のほうが圧倒的に強い。裁判所とも人事交流があり、法曹界全体が「インナーサークル」を形成しているとの見方も根強い。

こうした巨大組織に、いま挑んでいるのが誰なのか。

興味深いのは、その顔ぶれである。

まず旧安倍派の稲田朋美氏。かつて安倍晋三元首相の寵愛を受けた保守派のホープだった。しかしリベラル路線に転向して安倍氏に切られた。彼女に代わって高市早苗氏が台頭し、埋没感を深めていた。

同じ旧安倍派で稲田氏と連携するのは福田達夫氏ら高市政権とは距離を置くリベラル勢力だ。背景には、旧安倍派内の主導権争いが透ける。

一方、怒号を飛ばした井出庸生議員は麻生派だが、もともとは「みんなの党」出身の外様議員である。東大からNHK記者を経て政界入りし、野党を渡り歩いた末に自民党へ入った。

彼が叫んだ。「自民党は法務省のためにあるんじゃないんだぞ!」

これに対し、自民党司法制度調査会長として党内議論をまとめる立場にあるのは、鈴木馨祐前法務大臣。彼も麻生派なのだ。こちらは東大から財務省へ進み、政界へ転身した麻生派のエースである。

井出氏は当選6回、48歳。鈴木氏は当選7回、49歳。麻生派の同世代、外様がホープに挑む戦いだ。

さらに筋金入りなのが、旧茂木派の鈴木貴子議員だ。

父・鈴木宗男氏は、検察と激しく対立し、逮捕された。貴子氏が16歳だった時に家宅捜索が入り、検事が居間で寝転がってテレビを見ていた――そんな屈辱的体験を、彼女は国会で暴露している。

検察との戦いは、鈴木父娘にとって政治的立場ではなく「生き様」そのものなのだ。

そして、この鈴木貴子氏は、いま茂木敏充外相の最側近である。

つまり今回の「検察vs自民」の裏には、旧安倍派の内部抗争、麻生派、旧茂木派の内情、さらにはポスト石破・ポスト高市を見据えた権力闘争が複雑に絡み合っている。

再審制度改革は、単なる司法論争ではない。

それは、「検察という無敵の官僚機構」に、誰が立ち向かうのかという戦いであり、同時に、自民党内の新たな権力地図を映し出す鏡でもある。

沈黙する多数派と、恐怖を承知で前に出る少数派。

いま永田町では、“検察に逆らえる政治家は誰か”をめぐる、新しい選別が始まっている。