世耕弘成氏の自民党復党が、またも見送られた。
世耕氏が復党願を提出したのは今年5月28日。8月6日の党紀委員会で結論が先送りされ、10月15日の再審査でも決着しなかった。2時間を超える議論の末、浅尾慶一郎委員長は賛否が「半々くらい」と説明した。次回の審査日程も決まっていない。
8月の見送りについて、私は、高市早苗首相が世耕氏を内閣改造で官邸に起用することへの警戒が背景にあると分析した。9月の内閣改造前に復党させれば、世耕氏が官房長官などの要職に就く可能性がある。それを麻生太郎氏や萩生田光一氏らが警戒しているのではないか、という読みである。
しかし、内閣改造が終わっても復党は実現しなかった。これは単なる人事日程の問題ではなくなってきた。
浮かび上がるのは、高市首相自身の心変わりである。
高市首相は今回の内閣改造・党役員人事で、細野豪志氏や村井英樹氏ら40~50代の政治家を次々と登用した。一本釣りした簗和生農相が予算カット発言で辞任に追い込まれると、後任には56歳の武部新氏を抜擢した。派閥の枠組みにとらわれず、自ら人材を一本釣りし、新しい支持基盤を築こうとしているように見える。
世耕氏は高市首相と親しく、積極財政派の急先鋒である。麻生氏と良好な関係も維持しており、高市政権中枢に必要な人材にみえた。しかし、高市首相が麻生氏への依存を弱め、独自の政権基盤づくりに踏み出したのなら、世耕氏を復党させてまで起用する必要性は薄れているのかもしれない。
武部氏の起用も象徴的だ。麻生氏と距離のある武田良太氏のグループに属する武部氏を登用したことは、高市首相が党内の世代交代を進める姿勢の表れとも読める。高市首相にとって、もはや麻生氏との関係を取り持つベテラン政治家に頼る必要はないのだろうか。
一方、世耕氏の復党を阻む要因として、参院自民党の反発も見逃せない。
世耕氏は旧安倍派の参院グループに強い影響力を持っていた。参院の実力者である石井準一氏にとって、世耕氏の復帰は自らの勢力基盤を脅かしかねない。石井氏は8月の復党審査で強く反対したとされる。その後、石井氏は参院幹事長を更迭された。高市首相と世耕氏への反発が参院内で強まっている可能性もある。
ただし、高市首相が世耕氏と距離を置き始めたのなら、石井氏側の対応も変化するかもしれない。過去の敵だった世耕氏より、現在の政権を率いる高市首相との対立が、参院側にとって大きな問題になるからだ。
麻生氏も、世耕氏との関係を完全に断ったわけではない。定期的に会合を続けている。しかし、石井氏の更迭や武部氏の起用に不満を募らせるなか、党内の権力地図の変化を注視し、世耕復党の影響を見定めているのかもしれない。旧安倍派の親分格である萩生田光一氏にとっても、世耕氏の復帰は党内、派内の勢力バランスを変える問題となる。
世耕氏を取り巻く政治環境そのものが変わりつつある。旧安倍派のライバルである萩生田氏と西村康稔氏は党中枢に復帰し、簗氏や関芳弘氏も閣僚に起用された。世耕氏だけが党外に取り残されている。
世耕氏は裏金問題で離党した後、衆院にくら替えし、無所属で和歌山2区の選挙に連勝した。選挙で勝ち続けても、自民党に戻れない。これは裏金問題へのけじめだけでは説明しきれない、党内の権力闘争の側面を持つ。
そもそも、衆院へのくら替えは正しかったのか。参院では石井氏の影響力が後退する一方、松山政司氏と青木一彦氏を軸とする新たな体制が動き始めている。世耕氏がかつて築いた参院安倍派の基盤は、もはや以前と同じではない。
積極財政をめぐる環境も変化している。円安や物価高への懸念、米国からの圧力などを背景に、高市政権が財政政策を修正するなら、積極財政の急先鋒である世耕氏の存在感も低下しかねない。かといって、財政規律を重視する林芳正氏ら非主流派と簡単に手を組めるわけでもない。
世耕氏に残された道は何か。積極財政の旗を下ろし、麻生氏や林氏に接近するのか。それとも、高市首相が再び自分を必要とする時を待つのか。
復党見送りが突きつけているのは、世耕氏個人の処遇だけではない。高市首相が旧来の有力者に頼る政治から脱却し、新しい世代を中心とする政権基盤を築けるのか。そして、その過程で世耕氏は居場所を失っていくのか。
世耕氏は裏金問題だけで復権できないのではない。自民党内の世代交代と権力構造の変化に、取り残されつつあるのかもしれない。