高市早苗首相は、簗和生氏の後任となる農林水産相に、武部新氏を起用した。56歳、当選6回で初入閣。簗氏に続く初入閣、次世代のの抜擢人事である。
今回の人事で注目したいのは、武部氏の農政に関する専門性だけではない。高市首相が進める「世代交代」と、それによって麻生太郎氏への依存を少しずつ減らそうとする政局上の狙いが透けて見えることだ。
武部氏の父は、小泉純一郎政権で自民党幹事長を務めた武部勤氏である。本人は早稲田大学法学部を卒業後、日本興業銀行に勤務し、シカゴ大学の公共政策大学院でも学んだ。父の秘書を経て2012年に初当選。農水副大臣や党農林部会長などを経験した農政の実務派である。
選挙区は北海道12区。北見市、網走市、稚内市などを抱える広大な地域で、北海道は国内のジャガイモ生産の約8割を担う一大産地だ。農水相として地元農業を守る責任は重い。
なぜ武部新だったのか
ここ数年の政権与党は農政をめぐって迷走を重ねてきた。
江藤拓農水相はコメをめぐる発言で批判を浴びて辞任。後任の小泉進次郎氏は米価高騰を受けて備蓄米の放出に取り組み、鈴木憲和氏は米価下落を止めるため備蓄米の買い戻しを急ぎ、高市首相の路線と緊張関係に立った。そして簗氏は、道路予算の削減をめぐる発言で批判を浴び、就任からわずか1カ月で農水相を退くことになった。
その後任に選ばれたのが武部氏である。農政の経験を持ち、地元の農業事情にも精通している。高市首相が掲げる、農業を単なる保護対象ではなく、輸出や市場拡大によって「稼げる産業」にするという方向性とも重なる部分がある。
一方、武部氏は旧二階派に所属し、現在は武田良太氏が率いる「総合安全保障研究会」のメンバーだ。10月15日の武田グループの会合にも出席し、武田氏らの支援への謝意を示した。高市首相は先に細野豪志氏を入閣させており、わずか20人程度の武田グループからは武部氏が2人目の閣僚となる。
2025年の自民党総裁選では、小林鷹之氏の推薦人にも名を連ねていた。武部氏の人脈は、麻生氏を中心とする現在の党内体制とは別のところにも広がっている。
もちろん、今回の起用をただちに「麻生切り」と断定することはできない。高市首相は麻生氏を副総裁に留任させ、鈴木俊一氏も幹事長に起用している。党運営の要所では麻生氏への配慮を続けているのだ。
しかし、簗氏の一本釣り人事が裏目に出て、自民党内に不満が広がった後の後任人事である。党内をなだめるために、麻生派から農水相を選ぶ選択肢もあったはずだ。それでも高市首相は武部氏を選んだ。
ここに、高市首相の政局戦略を読み取ることができる。麻生氏と正面衝突するのではなく、若い世代の側近や自らと距離の近い政治家を要職に登用し、少しずつ党内の力学を変えていく。いわば、急激な「麻生切り」ではなく、じりじりと進める「脱麻生」である。
武部農水相の最初の試金石は米国産ジャガイモ
武部氏の農政を占ううえで、もう一つ見逃せない問題がある。米国産の生鮮ジャガイモの輸入解禁をめぐる日米交渉だ。
米国は2020年から、一般消費向けの生鮮ジャガイモの輸入解禁を求めてきた。2025年の日米関税交渉でも、トランプ政権がこの問題を取り上げたと報じられている。現在は病害虫へのリスク管理措置をめぐる協議が進んでいるが、解禁が決まったわけではない。
問題は、病害虫が国内のジャガイモ産地に侵入するリスクと、輸入品が国内農家に与える影響である。加工用の米国産ジャガイモはすでに輸入されているが、今回の焦点は一般消費向けの生鮮品だ。
武部氏は就任直後、この問題について「大変強い懸念」を表明した。自らの選挙区では、ジャガイモの病害虫であるジャガイモシストセンチュウへの対策に苦労している地域があるとして、科学的根拠に基づくリスク評価を行い、米国に毅然と対応する考えを示した。
これは、武部氏にとって最初の試金石になる。地元の農業を守る立場を貫けるのか。それとも、トランプ政権からの要求や日米交渉の圧力に押されるのか。
高市首相は簗氏の失敗を受けても、世代交代を進める人事路線を変えなかった。武部氏の起用は、農政の立て直しであると同時に、党内の権力構造を少しずつ組み替える一手なのかもしれない。
武部氏は農家を守る農水相になるのか。そして高市首相は、麻生氏に依存しない政権運営へと踏み出せるのか。新農水相の仕事ぶりは、農政だけでなく、高市政権の今後を占う試金石となりそうだ。