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新聞記者やめます。あと66日!【枯れかけの井戸を奪い合うのはやめよう。デジタルという大河に飛び込め!】

ボールペン、メモ帳、社員手帳、名刺入れ、ポケベル、カメラ、テープレコーダー。

新聞記者になった当初、肌身離さず持っていたもの。私はこれらを勝手に「記者七つ道具」と呼んでいた。

ボールペンとメモ帳は取材の基本アイテム。社員手帳には取材相手の連絡先とアポイントがぎっしり詰まっている。名刺入れは常にパンパンだった。ポケベルは昼夜問わず鳴り続けた(電話ボックスに駆け込んで使うテレホンカードも必須アイテムだった)。何より大事なのはカメラとテープレコーダー。いつ何時、目の前で大事故が発生するかもしれない。休暇中でもあっても新聞記者がその場に居合わせながら写真を撮っていなかったら大恥だ。テープレコーダーは重要証言を記録する「証拠」として欠かせない。

どこに行くにしてもカバンが重かった。肩が凝ったものだ。

あれから27年。「記者七つ道具」は今やスマホ一台ですべで代用できるようになった。頭に浮かんだアイデアはその場でスマホにメモする。スマホに話しかけたら記録してくれる。日程や連絡先の管理は任せきり(社員手帳はいつしか配布されなくなった)。名刺よりSNSアカウントを交換したほうが便利だ。撮影も録音もスマホで十分対応できる。いざとなれば記事を書いて出稿までできる(論文や小説をスマホで書く人も増えたそうだ)。ポケベルは過去の遺物だ。

ずいぶんと身軽になった。その代わり私たちの暮らしはスマホに完全依存するようになった。ありとあらゆる業種の生き残りは、スマホのなかにいかに入り込むかにかかっている。

ひとりの人間がスマホを触るのは1日平均数時間。その大半をゲームに費やす人も少なくない。そしてYouTubeを渡り歩き、SNSでコミュニケーションをとり、さまざまなアプリでショッピングにキャッシング…。限られた時間を割いて、スマホでどれだけアクセスしてもらえるか。スマホを制したものがビジネスを制する時代となった。

ジャーナリズムもその中に割り込んで記事を読む時間を割いてもらわなければならない。ただでさえみんな忙しい。ゲームやショッピング、恋人や友人とチャットする時間を割いて、わざわざニュースやコラムを読んでもらうには、よほど魅力的な内容、よほど気に入ってもらえる内容でなければ相手にならない。タダでさえそれに時間を割く暇はないのに、ましてお金を払って読むなんて、よほどのことである。

もはや新聞社のライバルは新聞社ではない。読売新聞や毎日新聞、日経新聞ではない。 NHKや民放でもない。ありとあらゆる産業が提供する、ありとあらゆるサービスと、スマホユーザーの時間を奪い合っているのである。

この視点が、新聞社に最も欠落している。だからいつまでも「万人が読む紙面」「バランスのとれた論調」「誰からもクレームを受けない記事」を志向している。それが「事なかれ主義」「内向きな減点主義」「社内の足の引っ張り合い」という旧態依然たる社風とあいまって、ますます無難で無機質な紙面作りを加速させる。それを「客観中立」「不偏不党」「コンプライアンス」というウソくさい理念で正当化する。その結果として「誰も読まない紙面」「埋没する論調」「凡庸な記事」を量産し、読者が離れていったと私は思っている。

そんな通りいっぺんの紙面に時間を割く人はいない。ましてお金を払ってくれる人はいない。まさにデジタル時代に乗り遅れたのだ。

3年前に言論サイト「論座」の編集者になった時、オンラインメディアの先駆者として知られる瀬尾傑さんにインタビューした。斬新な指摘の数々のなかで、とくに以下のくだりは印象的だった。

「従来型のメディアを古い井戸とすると、これまでジャーナリズムという畑を育ててきた、その井戸の水は枯れかかっています。しかし井戸の横には実は大きな川が流れている。あらゆる企業がデジタル化、メディア化しているので、その水をうまく使えばいい。枯れかけの井戸の水をくまなくても、もっと大きい川の水をジャーナリズムという畑に導くことができれば、今まで以上にチャンスが広がる。問題はそれができるかどうかです

新聞をはじめとする旧来型メディアは「枯れかけの井戸」に殺到し、「残り少ない水」を奪い合っている。その横には大河が悠々と流れているのに、それに気づかない。大河から大量の水を引き込めば、ジャーナリズムはさらに大きく育つであろう。

まずは大河に飛び込むことである。スマホの世界を遊泳することである。片手サイズの箱の中には、果てしない世界が広がっている。そこから汲み取れる集合知は、限られた日々の紙面のそれとは桁違いに大きい。その果てしない世界に迷い込んでしまう人々は少なくないだろう。しかし、プロのジャーナリストならば、そこを迷わずに遊泳するスキルが不可欠だ。そして溢れかえる情報を濾過して抽出し、集合知に磨きをかけて自分自身のオリジナリティを加え、世に提示するのである。

そうしたスキルは独学で身につけるしかない。会社の講習や座学だけでは上滑りするだけだろう。まずは大河に飛び込むことだ。

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