政治を斬る!

新聞記者やめます。あと83日!【地位や肩書より発信力!情報は「取りに行く」より「引き寄せろ」】

ホームページを開設して圧倒的に多い反応は「お前は49歳だったのか」「俺より若いではないか」という問いである。はい、年齢詐称はしておりません。確かに1971年(昭和46年)9月生まれでございます。

思えば、昔から老けていた。高校生の時、1人で留守番しているときにセールスがきて玄関を開けると、大概は「奥様、いらっしゃいますか」と言われたものだ。当時から頭には白髪が目立っていた。

白髪というものは不思議である。私は歳を重ねるごとに減ってきたのだ。

特段の手入れをしているわけではない。20代、30代と進むにつれ白髪が減った。それが復活してきたのはデスクになってからだ。デスクをクビになった後は再び減少に転じた。本人としては若返ったつもりでいる。

それでもなお、老けてみえたか。はあ。

新聞記者にとって老けているのは決して悪いことではなかった。とくに駆け出し時代はずいぶん得をした。

新聞記者人生は、地方から始まる。大学を出て、20代で県知事や県警本部長をはじめ、各地の「偉い人」と会う。もちろん「子ども扱い」だ。

若くて可愛がられた方がネタがもらえることは確かにある。でも、そうして「与えられたネタ」は実は大したことはない。県知事や県警本部長にとって不都合なネタは可愛がられて手に入るものではない。情報源がバレるとネタ元の人生は大きく狂う。やはり記者が安心感と信頼感を醸し出さなければ、ほんとうの特ダネは手に入らない。

そのとき、どうしても「若さ」はマイナスになる。取材経験が不足し、自信なさそうにしている記者に、人はリスクを冒して情報を与えないものだ。

政治部に来てからは、「老け顔」の利点をより一層感じるようになった。政治家や官僚は相手の地位や肩書を見て話す。「足」よりも「顔」でネタをとる世界なのだ。末端の記者よりはキャップ、キャップよりはデスク、デスクよりは部長、部長よりは局長、局長よりは社長のほうが、情報がとれる(その意味で地位の高い者ほど取材の最前線に立つべきだと私は思う)。

私は27歳で政治記者になったが、当時から30代半ばには見えたから、かなり得をした。駆け出し政治記者の私をキャップ・デスク級と勝手に勘違いして、うっかり情報を漏らした当局者は少なからずいたことだろう。ははは。

「老け顔が有利なのは、取材をするマスコミ界にも、取材をされる政財官界にも年功序列・終身雇用の文化が深く根ざしていることの裏返しである。

だが、時代は流転する。誰もが自由に発信できるデジタル時代が本格到来して「○○新聞社」や「○○部長」という肩書に昔ほどの力はなくなった。それに伴って「老け顔」にもかつての威光はない。

いまや情報は取りに行く時代ではなくなった。発信力のある個人や組織のもとへ引き寄せられる時代なのだ。

社員数千人の新聞社より社員数百人の出版社のほうが政治を動かすスクープを連発している。新聞より週刊誌のほうが注目を浴びて発信力が強くなった結果、「内部告発」が雪崩を打って集まるようになったのだ。

地位や肩書よりも「発信力」の時代。組織も個人も発信力を磨いて情報を引き寄せる力を競い合う。デジタル時代のジャーナリズムの大転換がここにある。

新聞社はその変化に気づいていない。多くの新聞記者も気づいていない。今や「取材力」と「発信力」は表裏一体だ。

新聞記者のみなさん、自分自身の発信力を磨きましょう。それが自立への第一歩です!

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