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新聞記者やめます。あと29日!【憲法97条を最後に読み上げた佐藤幸治先生の歴史的講演】

私は京都大学法学部で憲法学界の重鎮である佐藤幸治先生のゼミに学んだ。毎年約30人のゼミ生の8〜9割が司法試験を目指す硬派のゼミであった。

そのなかでハナから司法試験を受けるつもりのない少数者のうちのひとり(あえて「落ちこぼれ」とは言わない)が「宴会幹事」を務めるのがならわしだった。1993年度にその「宴会幹事」を担う光栄に浴したのが私である(ちなみに翌年度の「宴会幹事」は衆院議員の細野豪志氏だった。私は彼にこの「大役」を引き継いだ)。

私が佐藤先生の「権威」を身をもって実感したのは、1999年に政治部に着任し、小渕恵三内閣の官邸を担当した時だった。当時の官僚トップは、村山、橋本、小渕、森、小泉の5内閣で8年7ヵ月にわたって官房副長官を務めた古川貞二郎氏である。私はその古川氏を担当したのだが、彼がもっとも信頼を寄せる学者のひとりが佐藤先生であった。

佐藤先生は政府の数々の役職を歴任している。橋本内閣で中央省庁再編に寄与し、小渕内閣などでは司法制度改革を主導した。憲法学界の重鎮にとどまらず、現実政治に積極的に関与し、自民党政権の内側から変革を迫る大物学者だった。

佐藤先生の中央政界での影響力を、京大生として「標準的」に怠惰な日々を送っていた当時の私が知るはずがない。それどころか私は法学部の授業にほとんど出席していなかった。それでも佐藤ゼミだけは欠かさず出席した。

そのなかで佐藤先生が最も好きな憲法の条文を語ったことを覚えている。それは戦争放棄をうたった憲法9条でも、法の下の平等を定めた憲法14条でも、表現の自由を掲げた憲法21条でも、学問の自由を明記した憲法23条でもなかった。私がそれまでほとんど意識したことになかった憲法97条だったのである。

その憲法97条をここに掲げたい。

この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、 これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

格調高い響きである。だが、佐藤ゼミ当時の私は「何やら当たり前のことが書いてあるなあ」というくらいにしか意識していなかった。今思えば、1990年代前半の日本社会は、一介の法学部生がこの条文の持つ重たさを切実に感じる必要がないほど、基本的人権に迫る危機が顕在化していなかったのだろう。

憲法97条がにわかに注目を集めるのは、自民党が政権復帰を目前に控えた2012年4月に決定した憲法改正草案で、この条文を削除した時である。自民党は同年末に政権を奪い返すと、安倍首相のもと、憲法改正や集団的自衛権行使をめぐる解釈改憲にむけて動き始めた。憲法学界は安倍政権に強く反発した。重鎮である佐藤先生も極めて強い危機感を抱いていたようである。

佐藤先生は2015年6月、安全保障関連法案の国会審議が続くさなかに東京大学法学部25番教室で開催された「立憲デモクラシーの会」で講演し、「憲法の個別的事柄に修正すべきことがあるのは否定しないが、根幹を変えてしまう発想は英米独にはない。日本ではいつまでぐだぐだ(根幹を揺るがすようなことを)言うのか、腹立たしくなる」と述べ、安倍政権が進める解釈改憲に強い反発を示したのだった。私はこの講演を現場で聞いたが、普段は温厚な佐藤先生からほとばしるパッションが伝わってきた。自民党政権の内側から改革を進めてきた穏健派の重鎮学者でさえも抑えることのできない「激しい怒り」を感じたのである。まさに歴史に残る講演であった。

佐藤先生がこの講演の締めくくりに読み上げたのが、憲法97条であった。

日本国憲法が国民に保障する基本的人権は「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」として勝ち得たものであり、「過去幾多の試錬に堪へ,現在及び将来の国民に対し,侵すことのできない永久の権利として信託された」ものである。単に日本が戦争に負けて米国に押し付けられたという軽々しいものではない。個人の自由を求める人類の長い長い苦難の闘争の歴史を経て、ついに獲得したこの上もなく貴重な権利なのだ。その基本的人権がまさにいま、安倍政権下において「試練」にさらされている。私たちは人類の長い歴史を担うひとりとして「現在及び将来の国民」に信託された「侵すことのできない永久の権利」を守るため、まさにいま、闘わなければならないーーそれが佐藤先生からのメッセージだと私は受け止めた。

人類の試行錯誤の歴史を尊重し、それが蹂躙された時には迷いなく立ち上がる。それこそ本来の「保守」の姿である。

私は佐藤先生の講演を、政治部の大先輩で当時は朝日新聞の「天声人語」を執筆していた根本清樹さん(現・論説主幹)と一緒に聞いた。根本さんは2015年6月9日「天声人語」で佐藤先生の講演を取り上げた。ここで全文を紹介したい。

教え子の一人が驚いていた。「あんなに激しい口調で語る先生は見たことがない」。憲法学界の重鎮、京大名誉教授の佐藤幸治さん(78)である。6日、法学や政治学の専門家らがつくる「立憲デモクラシーの会」のシンポジウムで講演した▼省庁再編などの行政改革や裁判員制度を導入した司法改革に携わった。学界には政治に距離を置く人も多いが、佐藤さんは自民党政権の内側から改革を進めてきた。しかし、安倍政権の姿勢には危機感が募るようだ▼講演で憲法改正の必要性を一概に否定はしないと述べた上で、こう強調した。「憲法の根幹を安易に揺るがすようなことはしないという賢慮が必要であると強く思う」。今国会で議論が続く安保法制が念頭にあるのだろう▼9条の下で集団的自衛権の行使は認められず、その憲法解釈を便宜的に変更することも許されない。こうした歴代内閣の立場を安倍政権は打ち捨てた。まさに「根幹」、憲法で政治権力を縛るという立憲主義そのものが危機に瀕している▼政権は異論に耳を貸さない。「賢慮」の気配もない。佐藤さんは怒りを隠さない。英米独でも憲法の根幹は変えていないのに「日本はいつまでそんなことをぐだぐだ言い続けるのか。本当に腹立たしくなる」▼立憲主義は長い歴史を通じ人類が学びとった深い叡智――。佐藤さんの持論だ。自由と人権を希求した人類の格闘が憲法には刻印されている。それを失わないために今、私たちが賢慮を取り戻さなければならない。

冒頭の「教え子の一人」は、私である。憲法97条に劣らぬ格調高い文章に、のっけから登場させていただき誠に恐縮だ。「自由と人権を希求した人類の格闘が憲法には刻印されている」というくだりが私はとくに好きである。憲法記念日にあえて全文を再掲させていただいた。

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