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新聞記者やめます。あと19日!【その昔、政治部の送別会は「生きた教材」だった】

あれよあれよという間に連載「新聞記者やめます」も「あと19日!」。2月末に「あと93日!」からカウントダウンを始めたときは毎日書き続けられるだろうかという不安もあったが、うれしいことに、毎日書きたいことがわいてくる。毎日読んでいただける皆様のおかげである。

5月31日朝の「きょう退社!」でこの連載は終わる予定だが、SAMEJIMA TIMESは続く。これからもよろしくおねがいいたします。

私が退社する5月31日まで、緊急事態宣言が延長された。そこで解除されるかどうかはわからないが、少なくとも私が新聞社の社員でいるうちは緊急事態宣言が続くもようだ。

新聞社は政府の意向に従って、緊急事態宣言下の「在宅勤務」を大原則としている。「業務上の会食」も控えるように指示が徹底されており、どうしても必要な場合は上司の了承が必要らしい。国家危機下において「緊急事態」の名のもとに個人の自由と権利が大きく制約されている今ほど国家権力を監視する報道機関の責務が問われる局面はないのだが、はたして十分な取材活動ができているのだろうか。私個人としてはいささか疑問を感じているのだが、社内からはさほど異論も出ていないようである。

有給休暇に入っている私に直接関係するのは、会社が「歓送迎会などの会食」について「昼夜を問わず厳に慎む」よう社員に求めていることである。私的な会食についても「慎重な判断」を要請している。社員の「私的な会食」を縛る権限が会社にどこまであるのかは見解が分かれるところだが、会社の同僚の「歓送迎会」について「厳に謹む」よう求める「お触れ」からはそれなりに強制力が伝わってくる。ほとんどの社員たちは忠実に従っているようである。

私の「送別会」もほとんどない。個別に私的に送別いただいたことはあるが、大人数ではご法度だ。「緊急事態宣言が終わったらぜひやりましょうね」というお声かけをずいぶんいただいたが、5月末までの緊急事態宣言延長でそれも風前の灯である。お世話になった方々とゆっくりお話しする事なく会社を去るのは残念で心苦しいところもあるのだが、それも時代の要請である。「送別会」などやらなくても、意味のある人間関係は続く。むしろ「時代は進化した」と受け止めるべきであろう。

といいつつ、私は昔の政治部の送別会が嫌いではなかった。早野透さんや若宮啓文さん、星浩さんや曽我豪さんら会社を代表する政治記者が集結し、それぞれがマイクを握るのである。

新聞社はかつて一匹狼の集団だった。私が駆け出しのころの政治部にもそうした気配が漂っていた。彼らは通りいっぺんの送別の辞で終わらない。政界の裏話が披露されることもあれば、思わぬ政治家の秘話が飛び出すこともある。さすがは数多くの政治家に「番記者」「派閥記者」として肉薄してきた歴戦の政治記者たちである。

政治部内の緊張関係が露見することもあった。歴戦の政治記者たちが紙面展開や人事に対する批判や牽制や皮肉を送別の辞に紛れ込ませるのである。政治部長や政治部デスクにとっては試練の場であっただろう。その場は「単なる飲み会」ではなかった。さまざまな政治的・社内的背景を持つ政治記者たちの利害や思惑が交錯し、永田町の現実政治と密接に関連した政治部内の権力闘争が繰り広げられる一場面であったのだ。

私と同世代の政治記者たちは諸先輩が送別の辞に込めたメッセージを懸命に読み取った。酒宴でありながら緊張感みなぎる送別会は、政治的な人間が政治的に立ち振る舞うとはどういうことかをじかに学ぶ「生きた教材」といえた。

人事異動で去る政治記者に「送別の辞」を贈る役目は、最もライバル関係にあったり、緊張関係にあったりする同僚(最も不仲な同僚といってもいい)に与えられることも多かった。送り出される記者と、送り出す記者。政治部員なら誰しも二人の緊張関係を知っている。永田町も政治部もそれほど「ムラ社会」の側面を持っていた。緊張関係にある同僚に、どのような送別の辞を贈るのか。誰もがそれを注視していた。差し障りもない言葉で無難に落着させる者もいれば、あえて緊張関係を生じさせる発端となった「事件」を打ち明ける者もいる。その場でどう立ち振る舞うかは、それぞれの個性であった。諸先輩たちはそれを観察し、日頃は接点の少ない後輩記者たちの人物評を形成していったのであった。

こうした送別会を一般の職場で行うと、「パワハラ」的な要素を内包することもあるかもしれない。そうした政治部の内向き体質が、一般の読者目線から離れた政局優先の政治報道を生む土壌となった側面も否めない。近年の政治部の送別会は様変わりし、ずいぶんとお行儀の良いものになった。コロナ禍はそれを加速させ、一堂に会する送別会自体が過去のものとなりつつある。それも時代の要請である。

だが、政治記者がやっかいな政治家たちと対等に渡り合うには、ある種の伝統的な職人芸が必要である。どんなにジャーナリズムの教科書を読み込んでもそれは身につかない。先輩記者から伝承されるものなのだ。先輩記者の後ろ姿をみて盗みとるものといっていい。昔の送別会は、ふだんは言葉をかわす機会のない大先輩たちにじかに接し、その息遣いを感じる貴重な場であった。ときに彼らは「反面教師」にもなった。大先輩たちが若手に「講師」として壇上から何かを教え諭すのではなく、自分たちが「当事者」として主導権を争う姿をさらけだす。新人記者たちはそれを目の当たりにし、緊張した空気を肌で感じ、政争の臨場感を体験したのである。

コロナ禍は無駄な会議や無駄な飲み会を一掃する大きな経緯となった。私自身は大歓迎だし、日本社会にとってとてもよいことだと思っている。一方で、新聞記者の「職人芸」の世界で、昔の政治部送別会のような「生きた教材」が姿を消していくことには一抹の不安がよぎるのだった。

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