政治を斬る!

麻生太郎85歳、最後の野望――皇室典範改正の裏に見える「麻生家」という権力

麻生太郎氏が再び政治の表舞台で存在感を強めている。

高市政権の誕生によってキングメーカーとしての地位を確立し、自民党内で圧倒的な影響力を持つようになった。その麻生氏が今、政治人生の集大成とも言える課題として力を注いでいるのが皇室典範改正である。

なぜ85歳になった麻生氏は、ここまで皇室典範改正にこだわるのか。

その答えを探るには、麻生太郎という政治家個人だけではなく、「麻生家」という存在に目を向ける必要がある。

麻生家は日本でも類を見ない一族である。

高祖父は明治維新の元勲・大久保利通。祖父は戦後日本の礎を築いた吉田茂元首相。妻は鈴木善幸元首相の三女であり、義弟は自民党幹事長の鈴木俊一氏だ。

明治国家、戦後日本、自民党政治。その中心を貫く血脈の中に麻生家は存在している。

さらに麻生家は政治だけの家ではない。

福岡県飯塚市を発祥とする麻生グループを擁し、九州財界に大きな影響力を持つ。炭鉱事業から出発した企業グループは、セメント、医療、教育、人材、不動産へと事業を広げてきた。

多くの世襲政治家は政治的地盤を受け継ぐ。しかし麻生家は違う。政治権力に加え、経済力と歴史的な家柄を兼ね備えている。

そして何より特徴的なのが皇室との関係だ。

麻生氏の妹・信子さまは三笠宮寬仁親王妃であり、彬子女王、瑶子女王は麻生氏の姪にあたる。

政界、財界、皇室。

三つの世界を血縁で結ぶネットワークを持つ家は、現代日本ではほかに見当たらない。

もちろん、それ自体が問題だという話ではない。

しかし、その麻生家と皇室典範改正が重なる時、別の視点が浮上してくる。

現在議論されている皇室典範改正の柱は二つある。

女性皇族が結婚後も皇族の身分を維持する案。そして旧皇族の男系男子を養子として皇族に迎える案だ。

特に後者が大きな論点となっている。

養子本人には皇位継承権を認めない。しかし、その子ども世代には皇位継承権が発生する可能性があるからだ。

さらに問題となるのは、その養子がどの宮家に入るかである。

仮に麻生家と縁の深い宮家に旧皇族が養子として迎えられた場合、麻生家と将来の皇位継承候補との距離はどうなるのか。

こうした議論の中で浮上したのが「藤原氏化」という批判である。

政治学者の御厨貴氏は、麻生氏が将来的に天皇家の外戚に近い立場となり、平安時代の藤原氏のような影響力を持つ可能性に言及した。

平安時代の藤原氏は、娘を天皇家に嫁がせ、その子が天皇となることで外戚として政治権力を握った。

今回の議論は、麻生家が本当に藤原氏化するという話ではない。

むしろ重要なのは、政治権力を持つ家と皇室との距離が近づきすぎることへの警戒感である。

皇室は日本国憲法のもとで「国民統合の象徴」と位置づけられている。その政治的中立性は極めて重要だ。

だからこそ、皇室制度をめぐる議論には慎重さが求められる。

ところが麻生氏は最近、「長い年月がかかったが、ようやくここまでたどり着いた」「何としても今国会で皇室典範改正を成し遂げたい」と強い意欲を示した。

この発言は重い。

皇位継承問題については国論が一致しているわけではない。保守派の中にも異論があり、野党も足並みを揃えて賛成しているわけではない。

本来であれば幅広い合意形成が求められるテーマである。

それでも麻生氏は前へ進めようとしている。

なぜか。

一つには、保守政治家としての総仕上げという意味合いがあるだろう。

女性天皇や女系天皇を認めず、男系男子による継承を維持する。このテーマは保守政治家にとって象徴的な意味を持つ。

総理大臣にはなった。しかし政権は短命に終わり、自民党下野という屈辱も味わった。

安倍晋三氏のような首相再登板も実現しなかった。

公明党との連立解消や高市政権の誕生によって一定の影響力回復には成功したものの、自らが描いた「大宏池会」構想は頓挫した。

そう考えると、皇室典範改正は麻生氏に残された最後の大仕事なのかもしれない。

しかし、より深い視点から見るならば、これは麻生太郎個人の物語ではない。

麻生家の物語である。

政治家個人の権力は選挙によって生まれ、選挙によって失われる。

だが、一族の影響力は選挙だけでは測れない。

歴史、資産、人脈、血縁。

そうしたものは世代を超えて受け継がれていく。

もし将来、皇位継承をめぐる制度変更によって、麻生家と近い宮家が重要な位置を占めることになれば、それは麻生太郎氏個人ではなく、麻生家という一族の影響力の問題になる。

皇族数の減少は現実の課題である。

安定的な皇位継承をどう確保するのか。その議論自体は避けて通れない。

しかし同時に、皇室と姻戚関係にある有力政治家が、そのルール作りの中心に立つことをどう考えるのかという問題も存在する。

麻生太郎氏の最後の野望とは何なのか。

それは単なる制度改正ではないのかもしれない。

自らが生きた政治の時代、そして麻生家が受け継いできた歴史を、日本という国家の根幹に刻み込むこと――。

皇室典範改正をめぐる議論の奥には、政治、財界、家柄、そして皇室が交差する日本独特の権力構造が見え隠れしているのである。