自民党内に突如として出現した300人規模の巨大議員集団「国力研究会」。表向きは高市早苗首相を支える政策グループだが、その実態は違う。
この議連の本当の狙いは、麻生太郎副総裁を頂点とする「挙党体制」の構築にある。
小泉進次郎防衛相、小林鷹之政調会長、茂木敏充外相ら「ポスト高市」候補を次々と取り込み、旧安倍派や参院自民党まで巻き込んだ巨大勢力へ膨張している。
唯一、露骨に排除されたのが林芳正総務相だった。
そこから浮かび上がるのは、「反麻生勢力」を徹底的に孤立させる構図である。
では、その「反麻生勢力」とは何なのか。
永田町では近年、「麻生太郎vs菅義偉」という対立軸が続いてきた。菅義偉元首相と、二階俊博元幹事長は、長く“反麻生”の中核だった。
両者はすでに政界を引退したが、その人脈と政治路線は残っている。ふたりの後継者の一番手は武田良太元総務相だ。武田氏は地元・福岡で麻生氏とは敵対関係にあることでも知られる。
さらに、宏池会ホープの林氏、前首相の石破茂氏、前幹事長の森山裕氏らも「非麻生」勢力に位置づけられる。
この勢力には共通点がある。
まずは対中・対韓外交を重視することだ。
日中友好議員連盟の会長は、林氏から二階氏、森山氏へとバトンタッチされた。日韓議員連盟の会長は、菅氏か武田氏へ引き継がれた。
さらに背後には、福岡政界の重鎮であり、麻生氏の長年の宿敵だった古賀誠元幹事長(元宏池会会長、政界引退)の人脈が横たわる。
華麗なる一族を背景に持つ麻生氏と、遺族会・地方組織を基盤に成り上がった古賀氏。ふたりの対立は、長年にわたり自民党内部の底流を形作ってきた。
だが、いま政局は完全に麻生ペースで進んでいる。
国力研究会の誕生によって、麻生氏は「ポスト高市候補」を事実上、自らの管理下に置いた。今年秋の党役員・内閣人事では、岸田系や石破系、武田系など非主流派を排除し、来年秋の総裁選では高市総理を“無投票再選”に持ち込む――。そんなシナリオさえ現実味を帯びる。
高市氏自身も、一時は「麻生離れ」を模索したが、政権運営の不安定化を前に、最終的には麻生氏との和解を選んだ。結果として、「麻生支配」は完成形へ近づきつつある。
もっとも、反麻生勢力にも“政策的な反撃”の動きはある。
いま注目されているのが、竹中平蔵氏の発信だ。
菅政権のブレーンだった竹中氏は最近、現政権への「懸念」を強めている。
とりわけ問題視しているのが、ガソリン補助金政策だ。
現在の高市政権は、原油高対策としてガソリン価格を170円前後に抑える補助金を継続している。しかし竹中氏は、これを「支持率維持のためのポピュリズム」と断じる。
市場価格を人為的に固定すれば、需要と供給のバランスは崩れる。石油業界への利益誘導にもなりかねない。しかも財源は限界に近づき、補正予算編成も避けられない状況だ。
竹中氏はむしろ、「省エネやエネルギー転換を促すべきだ」と主張する。
これは単なる経済論争ではない。
小泉・菅ラインの「規制緩和路線」と、麻生氏の「業界保護・財政出動路線」の対立そのものだ。
この構図は、実は20年以上続いている。
小泉純一郎政権では、竹中氏が経済財政担当相として規制緩和を推進し、当時政調会長だった麻生氏ら自民党族議員と激しく衝突した。
安倍晋三政権でも、官邸主導を進める菅官房長官と、財務省を握る麻生副総理の間には微妙な緊張関係があった。
規制緩和、検察人事、財務省人事――。
常に「官邸主導vs党・官僚機構」の戦いが繰り返されてきたのである。
その流れをたどれば、
安倍政権(菅と麻生)
↓
菅政権(菅と二階)
↓
岸田政権(麻生)
↓
石破政権(菅)
↓
高市政権(麻生)
という政権系譜が浮かび上がる。
では、反麻生勢力に巻き返す力は残っているのか。
現状を見る限り、厳しい。
菅氏と二階氏は表舞台を去った。進次郎氏は国力研究会に参加し、麻生ラインに取り込まれつつある。かつて菅氏の盟友だった河野氏が派閥の親分である麻生氏との関係を断ち切れず、失速したことを彷彿させる。
林氏は麻生議連から排除され、宏池会内部でも岸田文雄前総理との主導権争いを抱える。
石破・森山ラインも党内では少数派で、立憲民主党との“大連立構想”も行き詰まった。
そして、日本維新の会も苦しい。
菅氏の引退、高市・麻生和解によって、維新の存在感は急低下している。その一方で、麻生氏に近い国民民主党の連立入り論が再燃しつつある。
そうなると、最後に鍵を握るのは公明党かもしれない。
公明党は麻生氏と距離があり、中道勢力との連携を模索してきた。しかし立憲民主党内部ではリベラル色が強まり、中道路線との亀裂が深まっている。
その結果、「麻生・国民民主」対「反麻生・公明」という新たな対立軸が浮上する可能性もある。
300人議連は、単なる党内グループではない。
それは、自民党だけでなく、日本政治全体を再編する“巨大装置”として動き始めているのである。