リベラル派の顔である立憲民主党の蓮舫氏が、まさか地方組織の内部選挙で完敗する――。そんな展開を予想した人は少なかっただろう。
5月15日に行われた立憲民主党の東京都連会長選。結果は衝撃的だった。有効投票205票のうち、無名の武蔵野市議の川名雄児氏が124票、蓮舫氏が81票。40票以上の大差である。
しかも、これは単なる「地方組織の役員選挙」ではない。
立憲民主党東京都連は、全国最大級の地方組織だ。都議選、参院東京選挙区、衆院東京比例――首都決戦の全てを握る巨大組織である。
そこで起きたのは、「蓮舫敗北」というより、「都連執行部への反乱」だった。
今回の選挙が異例だったのは、そもそも「投票」になったことだ。
2017年の都連発足以来、会長は長妻昭衆院議員(元厚労相)が無投票で選ばれ続けてきた。ところが衆院の立憲と公明が合流して中道を結成したため、長妻氏は離党。その後任を選ぶ都連会長選がはじめて行われることになったのだ。
都連に残る国会議員(参院議員)は4人。蓮舫氏が無投票で順調に選ばれるとみられていたが、異変は始まっていた。市議を代表して川名氏が名乗りを上げたのである。
立候補に必要な推薦人は10人以上。蓮舫氏は参院議員や都議を中心に17人。一方、川名側は、市区町村議員を中心に59人を集めた。
川名氏は政界を引退した菅直人元総理の地元・武蔵野市の市議だ。菅氏の長男である菅源太郎氏(武蔵野市議)も川名氏の推薦人に名を連ねた。この時点で「地方議員の空気」が蓮舫に極めて厳しいことは見えていた。
なぜ、ここまで嫌われたのか。
最大の理由は、前都連幹事長で、蓮舫氏と親しい手塚仁雄前衆院議員への強烈な反発だ。
手塚氏は長年、都連の実権を握ってきた人物である。
蓮舫氏を政界に引き上げた張本人でもあり、野田佳彦元首相の側近でもある。さらに、中道の小川淳也代表と野田氏をつなぐ役割も果たしてきた。
だが、その一方で、都連内部では不満が噴出していた。
「トップダウンが強すぎる」「自分の当選を優先して他の野党と候補者調整を進めてきた」「中道改革連合への合流を現場に説明しなかった」
こうした怒りが、地方議員層に蓄積していたのである。しかも、都連事務局による「蓮舫支持働きかけ」まで問題視された。
結果として、蓮舫氏は「本人への評価」に加え「都連旧体制の象徴」として攻撃を受けることになった。
つまり今回の敗北は「蓮舫個人」への拒絶に加え、「手塚体制」へのNOであり、さらには手塚氏に近い中道の野田元総理や小川代表へのNOと受け止めていい。
蓮舫氏は劣勢を受け、中道に反発する立憲党内の空気を掬い取るため、皇室典範改正問題で発信を続けた。
中道の小川執行部が容認した「旧皇族男系男子の養子案」に反発する立憲創始者の枝野幸男氏(落選中)の投稿を引用し、「私も戸惑っています」と発言。中道と距離を置いたのだ。都連会長選直前にも「立憲民主党から発言します」とわざわざ強調した。
実際、立憲内部では「立憲回帰」が強まりつつある。来年春の統一地方選挙、再来年夏の参院選にむけて「中道では戦えない」という空気が強まり、立憲独自で戦う方向へ大きく傾いているのだ。
今回の都連会長選は、党内の不安と不満が一気に噴き出したのである。
「蓮舫、負けたら政界引退だ」。都連内部ではそんな声まで飛び交っていたというが、今回の都連会長選の影響は、蓮舫氏個人の影響力低下にとどまらない。国会議員主導で実現した中道の旗揚げに対する地方議員たちの強烈なクーデターをみるべきであり、この流れは東京から各地へ波及していくだろう。
地方議員たちは、「国会議員主導の政党運営」に明確なNOを突きつけた。これは立憲民主党全体、さらには中道改革連合の行方にも波及する。
中道と合流するのか。立憲に回帰するのか。野党再編の行方を大きく左右する都連会長選となった。