「都構想の住民投票をやらへんなら、俺は知事選に出ぇへん!」
大阪で、にわかに緊張感が高まっている。日本維新の会の吉村洋文代表(大阪府知事)が、自らの進退を人質に取るような“最後通告”を突きつけたからだ。
表向きは大阪ローカルの政治攻防に見える。だが、その背後には、高市早苗政権の動揺、自民党内で復活した麻生太郎支配、そして維新の生き残りをめぐる深刻な権力闘争が横たわっている。
発端は5月17日の大阪市西区市議補選だった。大阪都構想を掲げた維新新人が、都構想反対派の自民元職を破って当選した。これを受け、吉村氏は記者会見で「大阪は副首都を目指し、府と市が一緒になるべきだ」と強調し、自ら再び大阪府知事選に出馬する意向を表明した。
しかし、そこには重大な条件が付いていた。来年春の知事選と同時に、大阪都構想の住民投票を実施することだ。もし実現しなければ、自らは知事選に出馬しないという。
これは単なる決意表明ではない。大阪市議会の維新市議団への強烈な圧力である。
都構想の住民投票を行うには、大阪府議会と大阪市議会で「特別区設置協定書」、いわゆる都構想の設計図を可決しなければならない。だが、過去二回の住民投票敗北を経て、大阪市議会では維新内部にすら慎重論が広がっていた。
吉村氏は一時、自らの知事選不出馬を示唆していた。しかし、吉村氏に代わる「大阪の顔」は見当たらない。もし維新以外の各党が結束し、強力な候補を擁立すれば、大阪府知事の座を失う可能性すらある。そうなれば「維新王国」は一気に崩壊しかねない。
だからこそ吉村氏は、市議団の「続投してほしい」という弱みを逆手に取った。
「住民投票を通さへんなら、俺は出ぇへんで」
まさに政治的恫喝ともいえる一手だった。
もっとも、吉村氏がここまで追い込まれている理由は、大阪だけでは説明できない。
背景にあるのは、高市政権との連立内での影響力低下である。
維新はもともと、菅義偉元総理と強い関係を築いてきた。吉村氏も「政治の師」と公言してきた。昨年の自民党総裁選では、菅氏が支援する小泉進次郎が勝利し、その後に維新が連立入りする――そんな青写真を描いていたとされる。
ところが、結果は違った。総裁選を制したのは、高市氏だった。そして、その背後には麻生氏がいた。
麻生氏は、高市政権誕生とともにキングメーカーとして復権した。長年関係の悪かった公明党を連立から外し、代わって国民民主党を取り込もうと動いた。しかし、玉木雄一郎代表は連立入りを決断できなかった。
そこで高市氏が接近したのが維新だった。
高市氏にとっては、麻生支配を抑え込むための連立。維新にとっては、悲願の副首都構想を国政レベルで推進するための連立だった。連立合意の柱に据えたのは「定数削減」と「副首都構想」である。
しかし、その蜜月は長く続かなかった。
今年の総選挙で自民党が単独過半数を回復すると、維新の存在価値は急低下した。もはや国会運営に維新の議席は不可欠ではなくなったからだ。
さらに、高市氏自身も党内基盤の弱さに直面した。トップダウン政治への反発が広がり、来年秋の総裁再選を見据え、麻生氏との和解へ舵を切る。
麻生氏も巧みに動いた。高市支持を掲げる議連「国力研究会」を立ち上げ、自民党議員300人規模を糾合しようとしている。これにより、「麻生中心の挙党体制」が急速に固まり始めた。
こうなると、高市氏が維新と連立する意味は薄れる。むしろ、麻生氏に近い国民民主党を連立に加える構想が再浮上し始めた。
維新は、政権の中で急速に「用無し」になりつつある。
実は吉村氏自身、来春の知事選には出馬せず、国政復帰して高市内閣入りするシナリオを描いていたとみられる。しかし、その前提だった「高市・維新連立」の政治的価値が低下したことで、国政に戻っても居場所がなくなった。
結果として、再び大阪に政治生命を託すしかなくなったのである。
だからこそ、都構想なのだ。
三度目の住民投票で勝利し、「維新はまだ終わっていない」と示さなければならない。逆に敗北すれば、維新は大阪でも求心力を失いかねない。
吉村氏にとって、今回の住民投票は単なる地方自治制度改革ではない。維新という政党そのものの生存戦略であり、自らの政治生命を賭けた最終決戦なのである。