高市早苗首相が8月3日、熊本地震の被災地を訪問する。地震発生から約1週間。現地では今なお救助活動や復旧作業が続く中での視察となる。この決断をめぐり、ネット上では賛否が真っ二つに割れている。
「現場を見るのは総理の仕事だ」「被災者を励まし、復旧を後押しする」という声がある一方、「支持率回復を狙ったパフォーマンスではないか」「警備や受け入れ準備で現場の負担が増えるだけだ」という批判も少なくない。
この論争は決して目新しいものではない。私たちは2024年の能登半島地震でも、まったく同じ議論を経験した。
熊本では7月28日に最大震度7の地震が発生し、多くの尊い命が失われた。道路や橋は寸断され、約7万戸が断水。イオンモール熊本では爆発事故が起き、日本製紙八代工場では煙突倒壊によって多数の死傷者が出た。自衛隊約4600人が派遣され、避難所運営や給水、物資輸送、入浴支援などが続けられている。
高市首相は県庁で知事と会談し、避難所を訪れ、自衛隊を激励する予定だという。
首相が現地を訪れる意味は決して小さくない。官邸で受ける報告書だけでは分からない現実がある。被災者の表情、避難所の空気、自治体職員の疲労、自衛隊員の緊張感――現場に立って初めて見えてくるものは多い。首相が直接見聞きすることで、予算措置や規制緩和、復旧支援が加速する可能性もある。
一方で、首相の訪問には必ず警備が伴う。道路規制や動線確保、自治体職員による受け入れ準備も必要になる。被災地が混乱のさなかにあるほど、その負担は大きい。「今は総理を迎えるより、被災者対応に専念させてほしい」という声にも十分な説得力がある。
では、どちらが正しいのか。
この問いを考える上で避けて通れないのが、能登半島地震の経験である。
2024年1月1日に発生した能登半島地震では、道路が各地で寸断され、被災地は深刻な孤立状態に陥った。発災から4日後、与野党6党の党首は「現地入りを当面自粛する」ことで一致した。岸田文雄首相も直ちには現地入りせず、初訪問は約2週間後だった。
ところが、その方針は別の議論を呼んだ。
「政治家まで来るなと言えば、一般ボランティアも行きづらくなる」「現場を知らずに適切な政策はつくれない」。一方で「今は一台でも余計な車を入れるべきではない」「救助活動が最優先だ」という意見も根強かった。
さらに、れいわ新選組の山本太郎代表が早期に現地入りし、避難所で炊き出しのカレーを食べたことをめぐって、SNSでは激しい賛否が巻き起こった。結局、能登地震から2年以上が過ぎた今も、「現地入り自粛」は正しかったのかという評価は定まっていない。
だからこそ、今回の熊本訪問も「行くべきか、行くべきでないか」という単純な二択では語れない。
災害対応には段階がある。発災直後の72時間は、人命救助が最優先だ。その後は避難所運営やライフライン復旧、生活再建へと重点が移る。道路事情や被害規模、自治体の受け入れ態勢によっても、適切なタイミングは変わる。
つまり、「総理は必ず行くべきだ」「総理は絶対に行くべきではない」という万能の答えは存在しないのである。
私は、現地入りそのものよりも、その目的と姿勢が問われるべきだと考える。
被災者を励まし、自治体の要望を聞き、復旧を加速させるための訪問なら、大きな意味がある。しかし、支持率対策や映像づくりが目的と受け取られるようでは逆効果だ。被災地に余計な負担をかけるような訪問も避けなければならない。
実は、これは政治家だけの問題ではない。
私たち記者もまた、「現場へ行くべきか」という問いに向き合い続けてきた。阪神・淡路大震災、東日本大震災、そして数々の災害で、現場に入ることの意義と難しさを何度も経験してきた。現場を見なければ伝えられない真実がある一方で、現場に負担をかけてはならない。その葛藤は政治家と決して無縁ではない。
高市首相の熊本訪問は成功だったのか、それとも失敗だったのか。その評価は、訪問が終わった後に初めて見えてくる。
大切なのは、「行ったか、行かなかったか」ではない。
何のために行き、何を持ち帰り、どんな政策につなげたのか。
その一点こそが、災害時の政治リーダーシップを測る本当の物差しではないだろうか。