高市早苗政権に暗雲が垂れ込めている。
総選挙で圧勝し、依然として高い内閣支持率を維持しているにもかかわらず、永田町や霞ヶ関では「この政権は長く続かないのではないか」という見方が広がり始めた。きっかけは、高市政権を直撃したネガティブキャンペーン動画疑惑である。
もちろん、今すぐ政権が倒れる状況ではない。しかし、政治の世界では「次」が見え始めた瞬間から水面下の権力闘争が始まる。
そして今、「ポスト高市」の最有力候補として急浮上しているのが茂木敏充外相だ。
茂木氏は現在70歳。幹事長、政調会長、経済産業大臣、経済再生担当大臣、外務大臣と、自民党政権の主要ポストをほぼ制覇してきた。残された最後の勲章が総理大臣である。
もし高市政権が5年、6年と続けば、茂木氏に順番が回ってくる可能性は急速に低下する。年齢的にも残された時間は限られている。だからこそ、高市政権の動揺は、茂木氏にとって千載一遇の好機となる。
では、茂木敏充とはいったいどんな政治家なのか。
その経歴は極めて華やかだ。
栃木県足利市生まれ。東京大学経済学部を卒業後、総合商社の丸紅に入社し、その後は読売新聞記者を経てハーバード大学大学院に留学。さらに世界的コンサルティング会社マッキンゼーで働いた。
政治家になる前から、エリート街道を歩んできた人物である。
1993年、細川護熙率いる日本新党から衆院選に出馬して初当選。当時の同期には後に首相となる野田佳彦氏や東京都知事となる小池百合子氏らがいた。
その後、日本新党系議員の多くが新進党や民主党系へ進む中、茂木氏は自民党入りを選択する。
この選択が後の運命を決定づけた。
小渕恵三氏らが率いた平成研究会に所属し、自民党内で着実に地盤を固める。安倍政権では経産相や経済再生担当相を歴任し、トランプ政権との日米貿易交渉では前面に立った。
トランプ大統領から「タフネゴシエーター」と評されたことは、いまでも茂木氏最大の勲章である。
本人もまた、「トランプと本当に渡り合えるのは自分だ」という強い自負を持っているとされる。
外交・経済政策の実績では、自民党内でもトップクラスだろう。
しかし、茂木氏には決定的な弱点がある。
国民的人気がないのである。
過去二回の総裁選で、その弱点ははっきりと露呈した。
2024年総裁選では9人中6位。翌2025年総裁選では5人中最下位に沈んだ。
議員票は一定程度集められるが、党員票が伸びない。
派閥政治全盛期ならば、それでも総理になれたかもしれない。しかし派閥が解体された現在、党員や世論の支持を欠いたまま総理への道を切り開くのは容易ではない。
だからこそ、茂木氏にとって重要なのが麻生太郎氏の存在である。
麻生氏と茂木氏は岸田政権時代、「麻生・岸田・茂木の三頭政治」と呼ばれる権力構造の一翼を担った。
当時、自民党第二派閥の麻生派、第三派閥の茂木派、第四派閥の岸田派が連携し、政権を支えていたのである。
しかし石破政権の誕生によって、麻生氏と茂木氏は失脚した。
ところが高市政権誕生によって状況は再び変わった。
高市氏は総裁選で麻生氏の全面支援を受けて勝利した。だが、その結果として高市政権は麻生氏の影響力から自由になれなくなった。
現在の政権運営をみると、自民党本部は麻生系、内閣は茂木系が支える構図が色濃い。
つまり、高市政権を支える政治基盤そのものが、将来的には茂木政権を支える基盤へ転化する可能性を秘めているのである。
高市氏から見れば、茂木氏は極めて厄介な存在だ。
麻生氏の側近であり、木原官房長官らの後ろ盾でもある。
しかも外交分野では経験も実績も高市氏を上回る。
日米関係が重要性を増すなか、高市氏が「外交の顔」として十分な存在感を示せなければ、茂木待望論はさらに強まるだろう。
もっとも、茂木氏にも敵は多い。
旧茂木派から離れた参院幹事長の石井準一氏や、安倍家に近い加藤勝信元財務相との関係は必ずしも良好ではない。岸田文雄前首相とも確執が指摘されてきた。
さらに次世代を担うライバルもいる。
林芳正官房長官は豊富な閣僚経験を誇る。
小泉進次郎氏は高い知名度と人気を持つ。
小林鷹之氏は保守層の期待を集める若手ホープだ。
ポスト高市レースは決して一騎打ちではないのである。
それでも茂木氏が有力候補とみられる最大の理由は、政権運営能力への評価だろう。
霞ヶ関には「茂木氏なら行政を回せる」という見方が根強い。
外交、経済、安全保障、党務運営――すべてを経験している政治家は意外に少ない。
高市政権が今後ネガキャン動画疑惑などで求心力を失えば、自民党内でまず浮上するのは「安定感のあるベテラン待望論」である。
そのとき最も近い場所にいるのが茂木敏充なのだ。
高市政権最大の敵は野党ではない。
同じ自民党の中にいる。
そして今、永田町では静かに次の総理をめぐる権力闘争が始まっている。
その中心人物こそ、茂木敏充なのである。